153 潜入者たちと不自由な恋
「市場に行っても、物があまりないわね」
セレンは眉を顰めた。
ヴァレンティアは農作物がよく取れるし、酪農をしているため乳製品もあり、肉や卵といったものも手に入る。海もあり、魚介類も多い。
その国と比べては行けないのかもしれないが、質も悪いし、置いてある物も少なく、値段が高い。
「あまり治安が良くないな。手を離さないでね」
薄暗く、汚れた石畳には浮浪者がぴくりとも動かず横になっている。市場なのに清潔とは言えず活気もない。
そんな市場の中を抜ける時、ヴァルターはセレンの手を握って、守ろうとする。
だが、守ろうとするその手はガタガタ震えている。
(剣もわたしの方が強いし、守らないといけないのはわたしではないかしら?)
セレンは思う。
でも「俺、剣は苦手なんだ」と正直に言ってるし、震えながらでも守ろうとするので振り払う気にもなれない。
ガタンと物音がすると、うわぁっ!とヴァルターはセレンに抱きつく。
「大丈夫よ。」
距離感がおかしい?
抱きつかれているのに、全くいやらしさはない。
だが、明らかに構図もおかしい
「ヴァル、守ってくれる気持ちはうれしいわ。でも、抱きつくのはどうかしら?」
「あっ!ごめん。守るはずが!!」
そう謝られると怒れない。
ヴァルターの名前はヴァルと呼ぶことになっていた。
「じゃあ、手だけつないでくれる?街の中を歩くのに、きっとデートに見えて怪しまれないじゃないかしら?」
「デート.......」
ヴァルターは赤くなる。
「ヴァレンティアでも、女の子たちに囲まれてる姿を何度か見たことがあるわよ。こんな感じで手を握ったり、触れ合ってたような気がするけど何真っ赤になってるの?」
セレンはいぶがしげにヴァルターを見る。
「向こうから来られるのは全く問題ないんだよ。向こうも好きで来てくれてるんだから。あと、訓練ならできるんだけど...」
「訓練?」
「いろんなところに行って情報を聞き出すときに、女性に自然に触れることとか必要な場面があるんだよ。海軍の訓練で...君はないの?」
「私が男性に?情報を聞き出すときに??」
しばらく沈黙が落ちる。
「ごめん、君は王家の血を引くんだったな、あるわけないか」
「そうね。やれって言われたこともないわね。そっか、そんな仕事もあるのね。普通に陸でも相手にされないのに、そんなの無理だわ」
「いや、大半の女性がしないし、無理だと思う。
俺もなんだよ。訓練ではこのようにしろって言われるからできるし、声をかけてくれる分には上手くできるようになったけど、普通に自分から何かをするのは慣れてなくて。今みたいに抱きついたら怒られるんだ」
「でしょうね。それは恋仲になった人だけがすることよ。きっと、手をつなぐのもね」
「じゃあ、離すよ!」
慌てて離そうとする。
「ヴァル、今はその訓練をまさに試す本番なんじゃないの?」
「そ、そうか」
「わたしよりあなたの方が箱入りの王家の人みたいよ。おかしいわ」
「......」
ヴァルターが悲しそうな顔をするのでセレンはそれ以上言うのはやめた。
(誰だって努力しようとしていることを否定されたら悲しいわ。わたしだってそうだもの)
市場をでると、街の広場があるが、噴水は濁っているし、ゴミは放置、ホームレスの人が広場の端に何人も座っている。
「清掃の人を雇えないのかしら?」
「もしくは、そういうことにお金を割きたいと思ってないからかもな。」
「カップルが私たちだけなのよ。これは早く帰った方が良さそうね」
明らかにジロジロ見てくる人たちがいる。
「ああ、お前さんたち...」
広場にいた人がそっと耳打ちする。
「離れがたいのはわかるが、兵に見つかったらめんどくさいぞ」
「えっ?」
「手なんて繋いでみろ。王がまた、何言い出すか。」
「手...もダメですか?」
「男女の交際に過敏だからな。」
男女の交際に過敏??
二人は顔を見合わせた。
ーーー
「なんか、ジュリアン王の王妃と愛人が不貞の罪で粛清されたらしい。それ以来、普通の男女交際でも、夫婦であってもスキンシップがあるとみなされると、街の風紀を乱すと言われ取り調べを受けたものまでいるそうだ」
港に行って、商人からいろいろ聞き取ったらしい。
今回は、商人に紛れて普通の商船で入国した。
三人は、商家の者で若夫婦と父という設定だ。
「港はどうだった?市場は物が少なかったぞ」
「港もダメだな。以前は交易していた都市国家からも見放されている。独裁者だから、文句を言ったら殺される恐怖で見た目は大人しくしてるが、かなり国民の不満はたまっている」
「夫婦ですら一緒に仲良く歩けないってかなり異常だよな」
「よほど、潔癖症なのかもね」
ヴァルターとセレンが話しているのを聞き、ヘルマンも顔が曇る。
かつて、アンジェリカが殺された理由は、ヘルマンと恋仲だと誤解されたからだ。
セレンのいう通り、潔癖すぎる。
「前王グスタフとリリス王妃の母の関係がずっとここまで引っ張ってるのかもな」
「自分の妻も不倫して、父も不倫して、妹も不倫したと思い込んだとなれば、世の男女関係をみんな疑うよな。」
ヴァルターもため息をつく。
「出会いが制限されて困る人たちは多くいると思うわよ。特に跡継ぎを考える貴族なんて死活問題じゃない?わたしも散々嫌な思いをそれでしたもの」
セレンは思い出すだけでため息が出た。
「俺より1歳若いだろ。まだ22歳じゃないか」
「男と女は違うわよ、行き遅れた女が嫌がられるのは、跡継ぎが産めるかどうかなの。若い子よりも産めるかどうかが不安視されるからね。」
「じゃあ、俺のところに来るか?俺は跡継ぎいらないぞ」
さらっとヘルマンがセレンの手を握ろうとして、口説き始めるのでヴァルターが慌てて止める。
「ヴィオラ様から、ヘルマンの毒牙にかからないように見張るのも俺の役目って言われてるんだ。セレンは、付き合ってる男女以外は手も握ったらダメって言われて育ってるんだぞ。ダメだ!ヘルマンは母上に恋慕しとけばいいんだ!」
「母上って...ああ、ヘルマンの奥様ってお亡くなりになったのよね。」
アンジェリカが怒りそうだが、勝手にアン夫人とヘルマンから生まれた一人息子のヴァルターという設定にしている。
ヴァルターがグリモワールの第二王子であることは、本当の一部のものしか知らない。
ヴァルターはグリモワールは廃嫡されたものの、このヴァルトシュタインの継承権はもっているからだ。もちろんそんな気はさらさらないが、命を狙われる立場なのは今も一緒だ。
だからヴァレンティアにはレオポルト王にだけ、ヴァルターはオリヴィアンで面倒見ていることを伝えていた。
「そう、妻がいなくなって寂しいからセレン?どうかな?」
ヘルマンがそっとセレンの肩を抱こうとする。
それを、無理やり引き剥がす。
「いいわけないだろ!このエロ親父!セレン!絶対ダメだぞ!早まるな!いいやつは絶対どこかにいるよ。君は俺よりもたくさんいろんなことを知ってるし、剣だって強いじゃないか!その良さをわかってくれる人のところに行く方がいい!!」
セレンはその二人のやり取りで思わず笑ってしまう。
不思議な親子だが、ヴァレンティアで腫れ物に扱われるような扱いより、心地よかった。




