15 十二歳の統治者の目
セバスティアン王は、軍事会議の面々の報告を聞きながら眉間に皺を寄せた。
「……つまりだ。アルフレードは片目が見えないだけで、それ以外はむしろ秀でているということか?」
「ああ、子供ではあるがな」
答えたのは海軍提督のヘルマンだ。
「一度アドバイスすれば、次に自分が何をすべきかすぐ理解する。成長が早いし、根性がある」
彼の脳裏に浮かぶのは、その前は船酔いで終わり、眼帯を投げ捨てた後の、次の訓練に現れた日の姿。
前回は小綺麗なお坊ちゃんだったのに、気づけば男らしい顔つきになり、眼帯をつけずに平気で歩く。
しかも陸で学べることは済ませ、学びたい課題を自分から持ってくる。
「風の読み方を知りたいです。そして、それで航路がどう変わるのかも」
気象学をかじっても、急な変化は実際の風や雲から学ぶしかない。
それを自分の目で学ぼうとする姿勢は、将来海だけでなく陸でも役立つだろう。
「今の航路は、なぜ選ばれたのでしょうか? 変えたらどんなリスクがありますか?」
海図や過去の歴史まで頭に入れてきている。
――こいつ、寝てるのか?
ヘルマンは思わず心配になる。まだ十二歳のはずだ。
だが本人は笑って言った。
「オリヴィアンに来てからは、よく眠れるようになりました」
片目の爛れた顔でこぼした本音に、胸が詰まる。
母国では安心して眠れなかったということだ。
「……あいつは、将来敵に回さない方がいい」
ヘルマンはそう王に伝えた。
「副団長のリチャードも、古参のドミニクも同じ意見です」
騎士団長シリルが言葉を継ぐ。
「子供ゆえ今後どう転ぶかは分かりませんが……片目であれほど剣術に優れているとは。いや、片目だからこそ状況判断や立ち回りが抜群だと報告を受けています」
実際、シリルも様子を見て驚いた。
体格差を逆手に取り、相手の力を逸らし、重心を崩す。
気づけば懐に入り込んでいる。
剣術の型が我流のため、意表を突かれることも多い。
すでに何人もの騎士が「末恐ろしい」と認めるほどだった。
さらに船上では剣を振れない分、陸に戻った時の訓練は凄まじい。
個別に指導したドミニクでさえ、子供だからとは言えない力を感じていた。
「海でも陸でも、両方で光る才能か……」
セバスティアン王は深く唸る。
「本当に、どうしてグリモワールの現王フェリックスは、あの少年を手放したのだ?」
この婚姻は現王の意向によるものだ。教育を施していた前王の意向ではない。もしかすると――前王エドガーは本当にアルフレードに王になる資質を感じ、育てていたのか。
「セバスティアン様、もし許されるなら私もアルフレードに個別に教えを授けたいのだが」
「ゼノス! お前までか」
セバスティアンは驚いた。
元軍師ゼノスはすでに一線を退いていたが、前王の代から国を守ってきた武将だ。
子供の教育なんてめんどくさいはずなのに...
「あの子は三国の歴史を学んでいます。一つの出来事を各国の統治者がどう捉え、それをどう利用するかの視点でものを見ています。すでに目が統治者の目です」
十二歳の視点ではないのは確かだ。
「ふうむ。みんなどう思う? この国の王、もしくは王配として育てていくべきか? グリモワールの内紛は日増しに激しくなっているという噂だが……」
セバスティアン王は眉間を揉みながら意見を聞く。
「現王フェリックスとヴァルトシュタインの血を持つ母アンジェリカの横やりを心配していたが、どうやら全くやり取りはなさそうだ」
「まずは前王エドガー様と同盟を組むべきです。北の基盤を固めましょう」
「アルフレードは、この国の王子として鍛えるべきです。少なくとも敵に回すのは、将来のオリヴィアンのためになりません」
全員が口を揃える。
「では決まりだな。ヴィオラの夫として、将来の王、もしくは王配としての準備をしよう」
セバスティアン王は心に固く決めた。