146 王と王妃の眠る場所
セバスティアン王とリリス王妃の変わり果てた姿は、ヴィオラにとっても、俺ーーアルフレードにとっても衝撃だった。
そっと裏門から運ばれた荷馬車は、そのまま地下の部屋に運ばれた。
「ヘルマンは?」
「母君のご遺体の検分が終わるまではそちらから離れられないとのことです」
「そうか.....」
嘘だな。とわかる。
それは、セバスティアン王とリリス王妃の入った遺体の扱いからだ。
桶を見て、俺は衝撃を受けていた。
念のため棺も準備していた。
だが、それはオリヴィアンの棺で眠らせてやりたいからであって桶でくるとは思っての準備ではない。
しかも...桶を開くと白骨化された遺体は土まみれだ。
桶どころか....これじゃ罪人じゃないか。
あまりの衝撃に言葉が出ず呆然とする。
これを最初に見たヘルマンの気持ちを思うと苦しくなる。
そして、かつての元気だった二人とは似ても似つかない姿に受け入れられない。
この二人を見たら、母上の遺体はもっと見るに耐えないことになっている可能性が高い。
なぜなら、母上の血まみれになった衣服の切れ端は、今も自分のお守りとして大切に持っている。
綺麗な死者の服に着替えさせるような人間なら、こんな死者の衣服を切り刻んだりしない。
おそらく、俺とヴィオラが見る時には尊厳を損なわないように整えるために王城から離れたのだろう。
ヘルマンはセバスティアン王の忠実な家臣なのだから、そばに駆けつけたいだろうに。
申し訳ないことをしてしまった。
俺は、粗末に扱われた二人の遺体をどうするか考えることにした。
「どうするか?教会の聖水で清めさせる方がいいな。棺に移して大司教に清めの儀式をしてもらおう」
俺はマクシミリアン宰相と相談して、最低限綺麗にして清めの儀式を受けさせてから、国葬にしようと話す。
「ヴィオラ王女には...」
「桶のまま見せるわけにはいかない、せめて棺で...」
そう話していると、ヴィオラは一人で静かに地下まで降りてきた。
検分するまで待っていてと伝えたが、感じるものがあったのかもしれない。
「アルフレード、配慮はうれしいけど、お父様とお母様に会わせてほしいの。どんな状況でも受け入れるから...」
そういいながら桶の前に立つ。
だが、すでに手も足も震えて倒れそうになっている。
「だって、私は王だもの。前王と前王妃がどんなひどい仕打ちを受けたのか、私は知らなければならないわ」
だが、そう強がっていても、声も震え、その中の変わり果てた二人の姿を見て、更に混乱してしまう。
あまりに変わり果て、あまりに泥に汚れた白骨化された遺体になっている。
オリヴィアン奪還の時でさえみることがなかったその悲惨な姿を受け入れるのは難しかった。
「お父様??お母様??ほんとに?ほんとにお父様なの?ねえ、お父様!お母様」
泣き叫び、半狂乱になり過呼吸になるヴィオラの姿を俺は抱きしめる。
「ヴィオラ、落ち着いて。ゆっくり呼吸しよう。大丈夫だから。きちんと綺麗にするから。王であっても強がる必要はないんだ」
ゆっくり背中を撫でて、呼吸を促す。
俺は、宰相に棺にいれて綺麗に整えた姿にするように指示した。
だが、ヴィオラの叫び声で戻されただけで、俺も受け入れられていたわけじゃない。
毎日当たり前のように食事を囲んだ家族だったのだ。
オリヴィアンを旅立つときに、ヴィオラという伴侶を与えてくれ、最後まで見送ってくれた。
母上から受けた仕打ちを外の傷だけではなく心の傷まで癒してくれた二人だった。
いつも、俺たち二人が喧嘩したり仲良くする姿を、微笑ましく見守ってくれた。
だが、ヴィオラは呆然として、明らかにショックを隠しきれていない。俺もヴィオラも勝手な思いで、安らかに眠ってくれていると信じていたのだ。
だが、この扱いは安らかとは言い難く、みんなを守るために亡くなった者の扱いではない。
そのことが、亡くなった事実以上に大きな衝撃だった。
「お父様、お母様、遅くなってごめん。どうして??どうしてあんな目に合わないといけないの」
ヴィオラの泣き声は城に響き、そこに働く者たちも王や王妃の帰還を知らされていった。
棺に入れられた二人の遺体には、王には王衣とマントがかけられ、王妃は絹の長衣がかけられた。その上に、城で働く多くのものたちが泣きながら花を入れていく。
ヴィオラを連れて再度棺に戻った時には、美しく綺麗にされた後だった。
「ごめんなさい、お父様、お母様。私まだまだこんなふうに受け入れられなくて。二人みたいにどっしり構えていられないの。でも、必ずオリヴィアンは支えていくから安心して。二人みたいにみんなに愛される王になるから...見てて。」
棺に抱きつきながら、涙するヴィオラに、王城のみんなももらい泣きした。
二人の犠牲で、オリヴィアンは大きな傷を受けず戻って来れた。
そのことに感謝して、王城の正面玄関から、教会に向けて、遺体を清めるために二人の遺体ははこびだされていく。
棺に入った遺体を見て、衝撃を受けながらもヴィオラは少し落ち着きを取り戻す。
「アンジェリカ王妃は?」
「ヘルマンが海軍の本部で預かってくれている。おそらく、酷い扱いなんだろう。ここに立ち寄らずに、そのまま母上の遺体を運んでいったから...」
ヴィオラは口をつぐむ。
セバスティアン王やリリス王妃だけでも酷い扱いなのに...
だが、あの血塗られた布切れを一緒に見ているものとしては、そんなことはないと楽観的には思えなかった。
「会いにいくよ。君だってきちんと受け止めたんだから、俺だって受け止めないとね」
「私も行く。」
「いや、だが酷い状態かもしれない」
俺は迷った。
ヴィオラは王になった。
でも、普通の貴族女性を思えば、十八歳でこれ以上悲惨な体験をする必要はない。
もっと、きれいなものだけ見て生きていてもいい年頃だ。
「アルフレード、私、また混乱するかもしれない。迷惑かけるかもしれない。だけど、二人で悲しみを分かち合うって決めたから。アン夫人はセバスティアンの恩人なの。最後のお別れに行かせてちょうだい。」
「俺も母上をみたら、また精神的に不安定になるかもしれない。俺も君を支えるから、君も俺を支えてくれる?」
「ええ、そのために私たちお互いがいるんだもの」
ヴィオラは泣きながら微笑んだ。
母アンジェリカの遺体は、腐臭と香の混ざる臭いだった。
不自然に派手なフィレンタのおしゃれな布が体を覆っていた。
覆わなければならない状況だったことを感じて、唇を噛み締めるのと同時にヘルマンの配慮に感謝した。
そっと顔を見ると、死者の顔だったが、かつての面影がそこにはあった。
「母上!!母上!!」
あの日、病から回復して、片目が爛れ、目が見えないまま母を求めて王城を走っていた自分を思い出す。
俺は泣き叫ぶ。もう亡くなってしまって、やり直しは効かない。だけど、気持ちはあの五歳の時と一緒。
「母上!!」
抱きしめられることはないけど、母を求め、叫んでいたあの時に俺は帰ってきた。
だから、母上、今度は俺をちゃんと受け止めてくれよ。
そう思った。
ヴィオラを見ると、「アン夫人!!」と叫んでいる。
ヴィオラにとって、母はアンジェリカではなく、やはり、アン夫人のままだ。
でも、きっとそれでいいのだ。
母上はその方が喜ぶように思う。
ヴァルターもいつのまにかそばにいて、自分の目の前で亡くなり、さらに変わり果てた姿を見て愕然としている。
だが、ヴァルターには、肩を抱き、それを共に受け止め、涙するヘルマンがいた。
母上も、少しは安心するかもしれない。
棺には、俺の髪、ヴァルターの髪、そしてヴィオラが普段持ち歩いているセバスティアンの髪を一緒に入れた。
俺は、ヘルマンとヴァルターに埋葬を頼む。
その後、海軍兵にも愛された母上の棺は多くの花で埋め尽くされ、海の見える丘に埋葬されることになった。
セバスティアン王とリリス王妃も後日、国葬が行われた。
二人は王都に国民が誰でも訪れることができるように、慰霊碑を建てて眠ることになる。
彼らの慰霊碑には、日々オリヴィアンの国民が捧げる献花が途絶えることはなかったという。
そんな中で、いよいよエドガーがすすめるヴァレンティアとの連邦制を視野に入れた三国同盟の話し合いが大詰めを迎えようとしていた。




