139 愛する者を託して
グリモワール北部拠点に移り、数日が経つ。
私ヴィオラは部屋に戻り、セバスティアンのことを思い出していた。
最後旅立つ日、いつものようにアンナに預け、何事もないように立ち去ろうとしても涙がとまらない。
「セバスティアンも、こういう時には、その雰囲気を察して泣き出すものじゃないの?」
セバスティアンはニコニコと銀のガラガラを口に入れて確認作業に必死である。
乳を飲み、眠り、意味なく動き、なんでも安全確認を口で行う最も危険行為をみんな見守る。
そんな通常運転に救われてしまった。
アルフレードが抱っこする。
「セバスティアン、母上を守ってくるからね」
セバスティアンは、すっかりアルフレードに慣れて、人見知りどころかアルフレードが一番好きだ。
そして、アルフレードから受け取り私が抱っこする。
「セバスティアン......愛してるわ」
言葉にならない。
ただ離れたくない。
ぱっちりした目は、澄んで私を見つめる。
にっこり笑う顔に、笑って返す。
そして、震えながらアンナに託す。
二人とも涙が溢れ、それを受け取るアンナもキリッとしているのに目からは涙がとまらない
「必ず皆さんでセバスティアン様はお守りします」
アンナは揺るぎない目で見つめた。
もうこの子の大好きなお乳をあげることもできない。
それでも、オリヴィアンに向けて行かなければならない。
もうジュリアン王の耳にもセバスティアンの存在は聞こえてきている頃だろう。
アンジェリカがフィレンタで、ヘルマンと同居しても守ろうとしたものは何だったのか知ったはずだ。
知った時にどう思うのだろう。
冷酷な王は、感情を切り離し過去のことと割り切るのだろうか?
そして、新たな自分の後継者として、セバスティアンに狙いを定めるのだろうか?
セバスティアンから離れて、部屋を出ると兵が固めていた。
彼らから礼をされる
「行ってきます。セバスティアンをお願いします」
私は震える声で頭を下げると、兵たちも慌てて
「おやめください。命に変えてもお守りしますとも」
みんなも震える声をかける。
グリモワールにとっても、もしアルフレードに何かあればセバスティアンは重要な子供だった。
南部復興を後回しにしてでも兵を回すと、エドガー王は徹底していた。
今後、オリヴィアンを奪還した後も、ヴァルトシュタインからの危険性が続く限り、この保護を続けなければならない。
「アルフレード、分かってはいるの。でも、自分が受けた子供時代とは違う日々を送らせないといけないことを想像すると、心が苦しくなるわ」
私は、アルフレードにしかこういう話はできない。
アルフレードも抱きしめて、共感する。
「わかっている。一人で自由に馬で走り、広い海をみて心を落ち着かせることも、俺のように船に乗り、様々な訓練の中でいろんな都市をみることも、セバスティアンには許されない。だから、俺たちがセバスティアンの代わりに終わらせられることがあるならやってやろう」
オリヴィアン奪還はその一つだ。
ジュリアン王から祖国を解放する。
私は王になる。
涙を流しながら、吸われることのない乳を一人で搾り続ける。これをしなければ詰まって熱が出てしまう。
だが、段々その量も減り、おそらく数日で止まるのだろうと思われた。
そうすれば楽になるのに、切ない。
この気持ちはアルフレードにも理解できないだろう。
少しずつセバスティアンも自分でいろんなものを食べられるようになっている。他の人のお乳をもらうのではなく、少し早いが食べ物から栄養をとることなった。
オリヴィアンに向かう時期としてこれ以上適切なときはないのだ。
「侍女が来たら、少しは話をすることで気持ちも和らぐのかもしれないわね」
そう呟いていると、アルフレードが部屋に戻ってきた。
「俺と話をするんじゃ気持ちは和らがない??」
愕然とした顔で私を見るから、思わず笑ってしまう。
「騎士団、もう練習終わったの??」
私がアルフレードに声をかけると、困ったように指で頭をかきながらアルフレードは言った。
「ちゃんと手加減したんだよ。でも、まずヴィオラに視線を送ってたやつに、目線を送るぐらいなら、命を捨てさせる練習がいるだろ」
「命を捨てさせる...練習??」
「それから、ヴィオラの空気を吸い込もうとしていた奴には、何も吸い込めないぐらい胸が苦しくなる練習もいるだろ?」
「何も??吸い込めない練習?」
アルフレードは当然のようにその練習の正当性を伝える。
そうすると、バタバタ倒れていくので急いでガスパーとリュカ副団長に止められたらしい。
「当たり前でしょ!そんな練習あるわけないでしょう!!」
私は焦る。早くオリヴィアンに戻らなければ!!
オリヴィアンの人間は、今から思えば、自らが被害を受けないようにアルフレードの扱いに慣れていた。
むしろ慣れてなかったのは、私だわ!!
「アルフレード!そろそろ、わたしにこれだけ愛されていることに慣れてくれないかしら?私の夫はあなただけでしょ。それ以上、周りに牽制するようなら...不安にならないように押し倒すわよ。」
アルフレードの顔がパッと明るくなる。が...
「ヴィオラ、熱出すことあるからやめとく。休ませるのも夫の役目だよ」
しょんぼりする姿に、母性がくすぐられる。
かつては誰よりも年齢よりも大人だったアルフレードは、アンジェリカの死をきっかけに、むしろ、子供のような部分を見せることが多い。
今、子供時代にできなかった我が儘や独占がところどころに子供のように現れるのだ。
「じゃあ、アルフレード!こっちにきて」
私は手招きして、アルフレードの眼帯を外し、その目に唇をつける。
「愛してるわ、アルフレード。この目も含めて全部大好きよ。だからずっと私の愛する旦那様でいてね」
そう伝えると、アルフレードは「うん」といって、涙をぼろぼろこぼし、私を抱きしめたのだった




