135 最後の報せ
ヘルマンはアンジェリカの手紙にあった船の到着時刻に、遠く離れたグリモワールで、ぼんやりとしていた。
無事アルフレードとヴィオラの結婚式が終わった。
赤子も世に認められた。
手書き新聞に頼んだ庶民用のビラは、名刺サイズ。
内容は二人の結婚と子供の誕生。
オリヴィアンの暴動が起き始めている地域や、市場、飲み屋、教会などにそっと置いていく。
名刺サイズとはいえ、枚数が多いから、とんでもなく費用はした。
だが、オリヴィアンの奪還後は、商用目的に限りオリヴィアンの港の使用許可を与えることで、グリモワールが費用を出してくれることになった。
グリモワールは海がない国なので、作物がたくさん取れるのに他国との交易は弱い。陸繋がりの交易が中心だ。
グリモワールの中北部から近くに使える港があるのはありがたいらしい
フィレンタに寄港したオリヴィアンの海軍兵の元、荷物に紛れ、手書き新聞のビラはフィレンタから運ばれていく。
きっと国に広がり配られるだろう。
すでに、騎士団のリチャードや宰相たちには二人の結婚と子供の誕生を伝えると、みんな涙したという。
普通の高位貴族向けの手書き新聞も、無事に記事になり発行された。
まだ、フィレンタで広がるのみだが、人の噂が商売の街だ。あと少ししたら、他の国にも駆け巡り結婚が伝わるのも時間の問題だ。
ヘルマンは、アンジェリカから送られてきた、刺繍入りのハンカチを手に持って眺めた。なんどこれを眺めただろうか?
不思議とこれを見ても殺したい気持ちにも、腹立たしい気持ちにもならない。
俺は、彼女に最後一目会いたかったのか?
それとも、捕まる姿を憎しみの目で見たかったのか?
どうして、今、彼女の指定していた時間に行けないことが苦しくてならない?
なんで、彼女との約束を破ってしまったような気持ちになってしまうんだろうか?
ハンカチは、なんの香りもしなかった。かつてのものも、香水の香りは消えていった。
せめて、あのフィレンタの日々を感じさせるものがあればよかったのに。
フィレンタでの日々は、大変だったのに、きっと楽しかったんだよな。姫のいう通りだ。
女性の扱いに長けていると思っていた俺の鼻をぽっきり折って、俺はこき使われることに慣れてないのに...アン夫人は、平然とアゴで使いやがった。
グリモワールに俺を行かせて、正体を知ったら殺しにかかるとわかっていたくせに、俺が帰るギリギリまで姫を守ってくれた。
俺が姫を守るために足りない部分を最後まで手伝ってくれた。
ふっと、思い出して笑みが溢れる。
姫のいう通りだよ。
全部恨んでしまったら、あの楽しかった日々も恨まなきゃいけなくなる。俺は、アン夫人には惹かれていたんだ。
そして、アンジェリカにも惹かれ始めているんだ。
だから、捕まって断首されるときは、ちゃんと正面から見届ける。
そうしないと、この気持ちにも整理がつかない。
ヘルマンはそう思い天を仰いだ。
ーーー
後日、エドガー王はアルフレード、ヴィオラ、ヘルマンを呼んだ。
「アンジェリカの手紙通り、ヴァルターが船に乗って帰ってきた。港で激しくやり合えないから大変だったらしいが、相手の人数よりうちの方が多かったからなんとかヴァルターを捕縛できた」
3人はほっとした顔をして顔を見合わせた。
「ヴァルターはリリス王妃の実家にいたそうだ。ここにいれば、ヴァルトシュタインの王になれると言われていたそうだ。」
「馬鹿だな。なんで家にいるだけで王になれることがおかしいと思わないんだよ」
アルフレードはそれを聞いて呆れる。
ああ、でも父の政治しか見なかったらそう思うのか?
俺はセバスティアン王とエドガー王しか見てないもんな。
「それだけじゃない。こともあろうに、ヴァルターを連れ帰ろうとしたアンジェリカが兵と共にやってきたから、それを告げて断ったらしい」
「ジュリアンの兵の前で?そりゃ、クーデターを企ててますといってるようなもんじゃないか」
アルフレードは唖然とする。
久しぶりに聞く弟の話はあまりにもありえない。
エドガーはため息をついた。
孫のヴァルターとは顔を合わせたのは初めてだそうだ。
とにかく考えが幼いらしい。
今も被害者気分らしい。
そんなことがあるのか?アルフレードは驚いた。
グリモワールにいなかった自分でも、幼い頃から、出国まではエドガーに帝王学を学んでいたし、今ではしょっちゅう会ってるのに、グリモワールにずっといるのに一度も会ってないって??
「仕方ない。アンジェリカはお前のことがあって、ヴァルターを囲ってしまった。フェリックスは王の仕事を伝える気もないから、政治の場面にも参加させてなかったしな。
アンジェリカとの関係も良くなかったからどこまで教育してあったのか?
ともかく、とんでもないことを言うから、アンジェリカが慌てて国外に出ると言い出したらしい。」
そりゃアンジェリカだって焦るだろう。
馬鹿すぎる。
王の兵は、王の指示通り動くし、王の耳にもなる。
「王になりかわると言うことがどれだけ重要なことかわかってなかったんだろう。
だからアンジェリカは慌ててヴァルターはそんなことは企ててない。リリス王妃の実家が唆そうとしただけで、その気はないから国外にすぐ出ると兵に伝えたらしい。
だが、その場でヴァルターは捕まった。」
エドガーはそこまでいい、三人の顔を見た。
みんなに嫌な予感が漂う
「そして、アンジェリカは......兵に殺されたらしい」
えっ??
3人の行動が止まる。
「い、今なんて言った?祖父上!」
アルフレードの声が上ずる。
アンジェリカが...死んだ?
その瞬間部屋の空気が変わる。
アンジェリカが死ぬわけがないという気持ちと、衝撃でーー
そして、誰もがアンジェリカに抱えていた複雑な思いが置いていかれたまま、彼女はみんなの前から永遠に消えてしまったことを、受け止められなかった。




