132 永遠を誓う日
ヴィオラとアルフレードは、ヴァルトシュタインで起きていることなど知ることもない。
よく晴れた春の朝、グリモワール王国中の教会の鐘がなりはじめた。
南部を中心の被害が大きかったところに、婚姻のお祝いとして、銀貨とパンが配られ、更にお祝いムードが高まる。
中部と北部には、名産のワインやジュースが国民に振る舞われ、街では笑い声があふれていく。
今日は二人の婚姻追認式とセバスティアンの洗礼式だ。
「ありがたい!アルフレード様が戦火を逃れたオリヴィアンの姫と添い遂げられたらしい。」
「すでにお子様まで誕生されたそうだ」
「国のことをこんなに考えてくださるなんてありがたいねえ」
焦土から復興が進む街の中で、グリモワールの旗を持った子供達が走り回り、お祝いムードが広がっていく。
そんな中、アルフレードとヴィオラはカーディアスにある教会で、グリモワールはエドガー王やグリモワールの司教、廷臣、諸侯といった高位の者たちが並び、オリヴィアン側はヘルマンや戦争時、グリモワールに逃げた貴族たちが見守る中、挙式を行っていた。
その中には、かつて、アルフレードの目のことを人前で笑ったヴィンセント公爵や眼帯を外して嘲笑ったレオン侯爵がいる。
彼らはオリヴィアンを守らず、最初に逃げた貴族だ。
だが、今後を考えると、彼らに見届け人の役割になってもらった方がいい。
二人はしぶしぶ受け入れた。
白い大理石の床に、溶け込むように広がる白いベルベットドレスに身を包み、頭に銀糸の入ったヴェールをか美しさを更に際立たせたヴィオラ。
その隣に腕を添えて、同じ白い外套に、グリモワール王家の紋章をつけた金糸が輝いていた服を身につけ、眼帯も白いベルベット、儀式用の剣を腰につけたアルフレードが、微笑んで歩く。
「ヴィオラ、すごく綺麗。誰にも見せたくないな」
アルフレードがそっと耳打ちする。
そして周囲を見回している。
「アルフレード、ここで独占欲を発揮するのは間違えてるわ。だって、あなたの妻になる式なんだから、むしろ披露してちょうだい」
ヴィオラが、困ったように伝える。
アルフレードは「仕方ないな」とため息をついた。
アンナがセバスティアンを抱き、進む。
白い洗礼ドレスを着たセバスティアンは好奇心いっぱいで周囲を見回す。
「うきゃ!」とヴェールを引っ張りそうになるのを、二人は笑いながら必死で止めた。
だが、そのセバスティアンのご機嫌な笑顔を見て二人はホッと顔を見合わせ幸せそうな表情をした。
祭壇の前に立つ大司教の前に、二人は進む。
大司教は静寂を破る声で教会に響かせた。
「二人は、戦乱の中で誓いを交わし、命を分かち合い、一子をもうけた。この神に守られた婚姻を、再び神と王の前で追認し、永遠に結びを正式にすることを望むか。」
アルフレードが一歩、前に出る。
そっとヴィオラを見て微笑む。
そして、その手は、ヴィオラの手をそっと包む。
「――はい。私はヴィオラを妻とし、生涯をかけて守ることを誓います。剣を手に取る時も、安らぎの時も、彼女の隣に立つことを。」
ヴィオラは、その声を聞いて小さく震えた。
この日が来るまでどれだけの時間と犠牲があっただろう。
どれほどアルフレードは私を守ろうとしてくれたんだろう。
目から涙が潤みそうになる。
「私はこの人を夫とし、その背を支え、共に生きることを誓います。苦難も、栄光も、分かち合うと。」
アルフレードの目も潤んでいる。
お互いの手から熱と小さな震えを感じ、思わず微笑む。
そして、アルフレードが準備してくれた指輪をお互いにはめる。
決して華美ではない。
だが美しい植物の彫刻の入った素晴らしい銀の指輪だ。
ずっと目を養って、フィレンタで頼むならこの職人という人を決めていたらしい。
そんなふうにずっと思ってくれていたことがありがたい。
大司教から「誓いを封じなさい」と促され、アルフレードは頷く。
震える手でヴィオラのヴェールを持ちあげて、見つめる。
静かな空間が流れ、緊張が漂う。
そして、ヴィオラは目を閉じ、アルフレードはそっと唇をタッチするように短く誓いのキスをした。
どうやら、他の人にキスは見られたくないらしい。
思わず笑ってしまうのを堪えようとするヴィオラに、耳元で「コラッ」とアルフレードも微笑んだ。
大司教が、婚姻を認めると告げホッとお互いに微笑む。
「やっと、俺の妻になった」
「私の夫になったわ」
お互いの目が潤んだ。
もしここに、お父様やお母様や...アン夫人がいたら...
きっと、アン夫人も祝福してくれたわね。
あんなにセバスティアンを可愛がってくれたのだから。
ヴィオラは、そばにいるセバスティアンを見つめた。
セバスティアンの洗礼式も続く。
アルフレードとヴィオラが抱えて祭壇に進むと、普段見ない人の多さと雰囲気に緊張した表情のセバスティアン。
首元の銀のガラガラを揺らすと、少し気が紛れ笑顔が出てきた。
「セバスティアン、この子に神の加護と王国の未来を――」
大司教が聖水が三度、額にかけると――
わああああん!
誰しも予想通り、大泣きした。
びっくりしたのだろう
アルフレードは抱き上げ、よしよしと声をかける。
その様子が参列者には再び驚きであった。
この時代ーー父が子を抱っこして、当たり前のようにあやす姿はあまりに斬新だったのだ。
その様子を微笑ましく思う者、嫌悪の目で見る者色々だった。
だが、結果的には、アルフレードのあまりのセバスティアンの可愛がり様と妻のヴィオラへの隠さない愛に、アルフレードは妻と子を溺愛しているという噂が出るだけで終わったのだがーー
大司教が祝詞を読み、祭壇には洗礼式の象徴の三種、銀のスプーン、カップ、小さな剣が並ぶ。
未来のセバスティアンが、この象徴が意味するように、知恵と恵みと勇気を持って国を支えられるように――祈りを込めて二人は見つめた。
更にエドガー王が立ち上がり、祭壇に進む。
「二人の結婚を正式なものとし、新たな血族として、セバスティアンを、我が孫と認定する」
その宣言は、アルフレード、ヴィオラ、セバスティアンに確かな居場所を与える意味のあるものだ。
アルフレードはセバスティアンを抱きしめ、ヴィオラに微笑んだ。
そばで見守るヘルマンも、フィレンタの手書き新聞を書くものをそっと潜ませる。
「次はオリヴィアンで、認めてもらう番だ。しっかり書いてくれよ」
夫婦と子を見つめる彼の瞳にも、静かで確かな喜びが宿っていた。




