131 母子の決別と内戦の始まり
「ヴァルターさん、アンジェリカさんがお越しよ」
重厚な扉の前に私は案内される。
何人もの兵がゾロゾロついてきている。
「そこで待っていて欲しいのだけど」
そう私が伝えたが、
「王からアンジェリカ様の御身を守るように強く言われております」
そう言われて仕方なく連れて入ることにした。
どちらにしても、港まで引きずっていかなければならないのだから仕方ないわね。
今日は何度目のため息なんだろうか。
思わず、はあーっと吐いてしまう。
「あら、ジュリアンもアンジェリカも、あんなに作法にうるさかったのに、お忘れになったのかしらね」
一緒にヴァルターの部屋に押し入ろうとする兵を見て、鼻で笑うクレアを無視して中に入る。
そこにはヴァルターがいた。
「母上...なんでここまで?」
「なんでじゃないでしょう?それはこっちのセリフだわ」
一緒に入ったこようとするクレアを制止する
「親子の会話を立ち聞きしないで。出て行ってくれるかしら?」
アンジェリカはキッと睨むが、ヴァルターが止める
「嫌だよ。クレア様、そばにいて!母上が何をするかわからない」
ヴァルターはすっかり、クレアの手の内にいる。
ヴァルターは私に似た金髪の柔らかい髪に、外で陽を浴びていない白い肌、いつのまにか、ぽっちゃりとした体に変わり、体に沿わない皺の入った服を着ている。
元グリモワールの王太子とは思えない自堕落な生活を感じさせる。
今までは私が指示した服を着て、無理やり運動させていたのだけど。
本質が今で、私がいなければこうなるのか。
この女が元々の諸悪の根源なのに...
クレアを横に睨む。
苦々しい気持ちと、情けなさが心をよぎる。
「どうしたらいいかしら。あなたのことを信用してないと言っているわ。」
クレアは困ったように首を傾げる。
腹は立つけど、今クレアに割くことができる気力はない。
ヴァルターととにかく話すわ
「ヴァルター、あなた今置かれている状況はどういうことかわかってるの?」
アンジェリカは、ヴァルターに近づく。
ヴァルターは、数歩、後ずさる。
「怪我で動けないっていう設定なら、それぐらい演技なさい。王の勅命で、来れない理由を怪我にしているのに、怪我してなかったら反逆を疑われても文句言えないでしょうに」
なんで歩けないって、移動できないって言ってるのに、スタスタ歩いてるの?このバカ息子!
しかも、ジュリアン王の兵がいるのよ?
「俺を王城に閉じ込めようとしてるんだろ。あの王も、一つ一つ怒鳴ってばかりだ。外に出て気分転換に遊ぼうとしても怒鳴るし、侍女に声をかけただけで切れるし。」
ぷいっと子供のように顔を背けて不貞腐れる。
あんたは何歳よ?
「そりゃそうでしょう。世の中にはクレアみたいに王族だってだけで、落とそうとする女なんて沢山いるのだから。それを知ってるジュリアン王が心配するのは当たり前よ」
イラっとするとはこのことだ。
私がアルフレードに捕らえられて首を差し出すかジュリアンの言われた駒になるか迷っていた頃に、遊んだり、女を追いかけてたって話だ。
「あなたは、ヴァルトシュタインにお世話になってる立場ってわかってる?私たち親子はグリモワールから追いやられているのよ」
なんでヴァルターは、自分の国にいるように振る舞っているのだろう?
ジュリアンが私たちを殺さないのは、この体の中に流れている血がヴァルトシュタイン王家のものというただ一つだ。
しかも、どんなに女性不信でも、その気になって子供ができれば私たちなんてむしろ弊害でしかないのに。
「そんなの、母上が父上を殺したからだろ。ありもしないことをでっち上げて」
「ありもしないことじゃないわよ。実の息子に手をかけていたのは本当のことよ。ヴァルターにだって、危害を加える可能性があった。国もぼろぼろになっていた。だから手を下したの」
「そ、そんなの......想像だろ!そのままいられたら、俺はグリモワールの王だったのに」
「国民を見たらわかるでしょうに。何も学ばず、国を考えず、逃げ回っていたら、仮に王になっても誰もついてこないわよ。エドガー様に家臣や国民がなぜついていってるのか考えなさい。フェリックス王が、誰も顧みなかったからでしょ。そして、なんでエドガー様はあなたじゃなくアルフレードを次の王として立てようとしたのか考えた?」
「そうやって、兄上とばかり比べて!俺は兄上のようになんでも出来るわけじゃないさ。」
それを言われて、アンジェリカは一瞬怯む。
確かに比べていた。
アルフレードを意識して、あの子を超えるようにといつも考えていた。
でも、表の行動は真逆をとってきたのに...
「比べるも比べないも、むしろ子供の頃はあなたが一番贔屓されてきたでしょう」
「周りはそう見なかったさ。アルフレード様に比べてってな。母上もそうだったさ。でも、クレア様は違う!俺はヴァルトシュタインの王になれるって!お手伝いするって言ってくれたんだ」
静寂が流れる
なんてこと...
胸が締め付けられる。自分がしてしまったこと...
そして、今ヴァルターがやってしまったこと。
クレアの目もおよぐ。
こんな王の兵のいる前で、どうして、何も考えずにそれを言ってしまうの?
だからこそ担がれたんだろうけど...
「ヴァルター!!この国を出るわ!」
完全に国家反逆罪だ。
この国を出て、そんなことを思っているのはクレア達だけだという状況にしないと!
私は兵に頼んだ。
「王から聞いているわね。出国するわ。ヴァルターは反旗を翻すつもりはないと伝えて!」
「わかりました。」
兵は頷く。
そして私とヴァルターの元に近づいてくる。
そして....
えっ??
ぬるっとする、頭が白くなる。
激痛が、動けない
口から血が流れ...なんで?なんで私??
腹に一本の剣が背中から突き刺さっていた。
そして抜かれる。
遠くでヴァルターとクレアの叫び声。
「母上!!母上!しっかり!」
「ヴァルター....に..げて」
うっすら、ヴァルターの目が見開き驚愕した顔が見える。
「あ...愛し..」
愛していると伝えたい
でも、声がもう出ない。
「クレア元王妃に王の勅命できたアンジェリカ様が刺された。国家反逆罪だ!クレア元王妃とヴァルターを捕らえよ!」
もう、動けない。
耳だけ聞こえる。
そうか、ジュリアンは私を最初から殺すつもりだったのね。
もう、私にはなんの価値もなかったわ。
でも...やっと、自由になれるのかしら。
結局、アルフレードじゃなくて、名も知らない兵に殺されてーーでも、これでやっと終わるのね
床に大量の血溜まりができる。
アンジェリカの生涯は終わり、ヴァルトシュタインはその日を境に国を割る内戦状態となった。




