130 石畳の上の心理戦
アンジェリカは、約束の日に、クレア王妃の実家の公爵領に入った。
「いい領地を分け与えてるわね。そんなにお父様にとってクレアは魅力的だったのかしら?」
領地は王都から近く、商業も栄えた場所だ。
河川は船が荷物を運んでいるし、大きな港や商館がある地域だ。
港からも都市国家や周辺国への輸出入の荷物が運び出されて活気があるのを感じる。
一方で、アンジェリカの母の実家は、図書館や大聖堂など国の中心的な機関が集まった場所を領地としていた。
「母の実家と財力まで合わせようとした感じかしら?王が恋愛に走ると碌なことにならないわね。そこまで後妻に気に入られたかったのかしら」
アンジェリカは盛大に顔を顰めて、嫌そうな顔をする。
母の笑った顔は見たことがなかったわ。
母と同じような人生は歩みたくないと思っていたのに、結局、あなたの息子も娘も同じような人生を送っている。
そして、ジュリアンはもう私に心許してないのよ。お母様。
自分の馬車の前後、多数の兵が一緒に動いている。どうみても、ヴァルターひとりを港へ連れて行くための数ではない。敵地への進軍に近い。
それを視界に捉えた時、生まれて初めて恐怖を感じた。
何か良くないことが起こるのはわかる。
でも、それがどのタイミングで発動するのか?
自分に向けられる刃なのか、息子へなのか?それともクレアへなのか?何もわからないことへの恐怖だ。
もし目の前にギロチンがあっても、誇り高く私は死ねるのに、死ぬか生きるかわからないこの緊張感に私は恐怖を感じている。
情けない。ヴァルターを助け出すって決めたんでしょ。
そう心に唱えながら、迷いが出る。
《助けることになるの?ヴァルターをグリモワールに戻しても、ヴァルターが助かるかどうかわからないのよ。》
そう私が私の心に聞いてくる
《いえ、助け出そうとしているわ。ヴァルトシュタインにいたら、ジュリアンもクレアも、良くないことに利用しようとしか考えないはずよ》
《だけど...命がなくなるぐらいならここにいた方がいいんじゃないの?》
そんな押し問答ーー
ふと思う。
私は、ヴァルターを助け出そうとしてる?
未来のアルフレードが困らないように、ヴァルターを切り捨ててない?
自分がアルフレードに行った罪悪感から、結局今度は、ヴァルターに、アルフレードにしていたことと同じようなことをしているんじゃないかしら?
そんなことを思っていると馬車は止まる。
ハッと見ると、立派な領主館の前についた。
石垣で囲まれ、入り口には衛兵の詰所があり出入りが見られる。
入ってからは、素晴らしい庭園と噴水がみられ、この世の春という感じだ。
従者が馬車の前に踏み台を置いているのが見えた。
心はどうするか、どう動くべきなのか定まってないのに、進むべきことだけがどんどん過ぎていく。
馬車の扉が開かれ、護衛が手を差し出す。
足元に、ふわっと冷たい風を感じて、足がすくむような気持ちになるのを奮い立たせた。
まずは、今のヴァルターの気持ちを聞こう
私は一段、また一段階段を降り石畳の上に立つ、
「お待ちしておりました。」
出迎えの執事と侍女たちが整列する。
残念だけど、王城の執事や侍女たちと雲泥の差だ。
王城の使用人の指導をする気はないけど、自分の家の使用人はきちんと指導しているわけね。
「お久しぶり、アンジェリカさん。嫁がれたお国では大活躍だったようね」
妖艶な美女であるクレアが、微笑みながら立っている。
(かつては弱々しく、儚そうな姿だったのに変わるもんだわ)
「ええ、でもそろそろ恋しくなってきたから、戻りたいの。ヴァルターはあなたの恋のお相手には若すぎると思うけど?それとも、息子は熟女好きだったのかしら?」
「嫌だわ。ヴァルター様が我が家に遊びにきたいと、アンジェリカ様やジュリアン王の元にはいたくないと言ったのだけど」
「あら、来たいといえばどんな男でも連れ込むのはあなたのおはこだったわね」
お互いの応酬が玄関先で繰り広げられる。
「あら?あなたのお母様のようなことはしないわ」
暗に内通のことを言ってきているのだ。
流石に、ピキッとくる。
「どういう意味かしら?妾時代に胎にこさえておいて、言えない関係をしているのはあなたじゃなくて?」
わざと執事や侍女たちに聞こえるように言ってやる。
人の噂を舐めるんじゃないわよ!
明日には、領地のどこかには広がってるわ
「で、私はジュリアン王の勅命で来たのだけど、私は門前払いされたと帰ったらいいのかしら?」
クレアはしばらく睨み続け、ふんと踵を返した。
「ご案内するわ。あなたには会いたがってなかったようだけどね」
クレアの捨て台詞のような言葉に、これからヴァルターの説得をしなければならないことを覚悟してゲンナリしていた。




