129 春風の密書
アンジェリカは、ジュリアン王がヴァルターをどうするつもりなのか気になっていた。
「都市国家で二人揃って軟禁するのは良いとして、なんの駒にするんだろう?」
少し思案してみる。
ヴァルトシュタインの後継ぎ?
グリモワールの交渉?
「いやどっちも無理よ。」
思わず、我が息子ながら、無理だわと思う。
正直、ヴァルトシュタインの後継ぎだったら、一瞬で崩壊ね。よっぽどヴィオラ姫の方が学ぶ意欲はあったもの
グリモワールの交渉役や材料にすらならないわ。
私が連れ帰った段階で、ヴァルターの命を助けてくれる保証もないのだ。私の首でおさめてほしいという願望だ。
アルフレードからしたら、ヴァルターはお荷物ぐらいの感覚でしょうね
「どうやって監視を逃れてグリモワールまで戻ろうか?」
絶対、ジュリアンのそばにいても、クレアのそばにいてもヴァルターの性格を考えたら、すぐ騙されて碌なことにならないわよ。
「やっぱり、グリモワールで保護してもらうのがいい。」
アンジェリカは再びため息をつく。
「せめてジュリアンは私の味方でいてくれると思ったのに」
いや、私は何自分勝手なこと言ってるんだろう。
私はヴァルターを守りに来たけど、そもそもジュリアンを守ろうとしてないじゃないの。
それどころか、彼から離れようとしている。
「ジュリアンこそ孤独なのかもしれない。」
父のことで女性不信になったまま。
王妃とも別居してるし、あの王城の様子では王妃と交流もなさそう。だって、女主人の仕事もしてないんだもの。
しかも、味方だと思っていた妹とその子供にことごとく邪魔されているわけだものね
なんだかんだ言って、ジュリアンは私の願い通り、王の勅命で、私とヴァルターとの面会をさせるように動いてくれた。
だが、ヴァルターは怪我をして動けないので、クレア達のいる公爵領で面会の場をセッティングさせてもらいたいと返答があったのだ。
「まあ、素直に王城につれてくるわけないと思ってたけど」
ジュリアンは、強引でいいから面会した日にヴァルターを連れて船にのれという。
確かにチャンスを逃したら次はないかもしれない。
船も準備してくれるという。
「とにかく、あの目障りな息子を早くこの国から出せ。二度とこの地を踏ませるな」
「出したいわ。出しに来たんだもの。でも、ヴァルターと話し合わないと、本人が納得しないでどうやって出すのよ?私がそんなに力が強い人間に見えるかしら?怪我して歩けないと言われたらおんぶでもするの?あのでっかい体を!」
「誰がお前一人で行かせるんだ?兵に手伝わせる。お前が寝返ったどうする?」
「わたしが?クレアに?人を信用しないにしても、ありえないわ。クレアに媚び売るぐらいならその場で腹を切ってやるわよ」
「お前が死んだところで、クレアからしたらざまあだろ。いつまで自分が価値のある女だと思ってるんだ?なんでヴァルトシュタインに来たんだ。疫病神が!」
そんな激しい言い合いになって、疲れちゃったわよ。
でも、二度とこの地を踏ませるなって言ってたわよね...
ヴァルトシュタインの後継ぎじゃないのね
じゃあ??
グリモワールで何の交渉に??
まさか...
ジュリアンがグリモワールを侵略した後に王として据えるつもり?
侵略しても、王国制で栄えてきた国の場合、王の血筋のあるものがいるかいないかで、国民の反発が大きく変わる。
そして、戦争には大義名分がいるのだ。
またしても、アルフレードかヴァルターかという、どちらが真の継承者か?ということになるの?
交渉ではヴァルターに価値はないもの。
グリモワールでのヴァルターの使い道ってそのぐらいしか考えられない。
どうしよう...
ジュリアンは、グリモワールに...アルフレードにまた牙を向けるつもりなの?
そんな弟をアルフレードは保護してくれるかしら?
「ヘルマンに手紙を出そうかしら」
ずっとつけてくるものがいる。それを隠そうともしない。
ジュリアンの家臣だ。
さて、どう書こうかしら?
ヘルマンへ
愛しいヘルマン、あなたに逢いたくて仕方ないわ。
でも、息子と一緒にあなたの元に行くのは本当に大変。
だって、兄が私と息子のことをすごく心配するんですもの。
一緒に住もうって約束してくれたのに、別の街で過ごすことになりそうよ。
そこには兄のお友達もたくさんいるから一緒には暮らせないわね。兄ったら諦めないみたいなの。だから息子をお友達と住まわせたいのね、
でも、もしあなたに会えるなら息子を紹介したいわ。大変だけど、会えた時には、私の顔で許してね。
これから、父の後妻の家から息子になんとか帰ってくるように話し合うつもりよ。
◯日に、兄が会わせてくれそうなの。そうしたらその日に船に乗るわ。でも、きっと会えないわね。
もし、会えなかったら帰れなくなったんだと思ってちょうだい。
あなたの幸せを祈ってるわ。
今まで色々ありがとう。ヘルマン。
アンジェリカより
こうしておけば、ヴァルターはヴァルトシュタインを支援する都市国家で監視下にあるってわかるわよね。
日にちから船の予測も立ててくれるかしら?
アルフレードに連絡してくれるかしら?
でも、すぐに手紙を受け取るわけじゃないもの。
間に合わないかもね。
アルフレードはヴァルターを保護してくれるかしら?ヴァルターだって、私の影響を受けて、アルフレードに良い関わりをしていなかったわ。
私と一緒に断首にならなければいいけど...
私一人がやったことだともうわかっているとは思うけど。
封筒には刺繍したハンカチを入れておいた。
今度はヘルマンの「H」のイニシャルをちゃんと入れたものだ。
どうせ破られちゃうか雑巾にされるだろうけど...
実は、誰か宛てに刺繍するのは初めてだったのよね、
フェリックスはそんなもの受け取る人じゃないし、私も作ろうとも思わなかったから。
こんな手紙でお母様に教えられた刺繍が役立つなんてね。
思わずアンジェリカは微笑む。
ヴィオラ姫とヘルマンにとっては屈辱的な日々だっただろうけど...
私にとっては今まで生きてきた中で一番幸せだったかもしれない。
誰も、私を姫とも王妃としても扱わなくて、可愛い孫を抱っこして、みんなとわいわい騒ぎながら生活して...
今度生まれ変わったらジュリアンも私も、ヴァルターもみんな、そんな幸せな日々が送れたらいいわね。
アンジェリカは、ハンカチに手紙をくるんで封を閉じた。
ふと、空を見上げる。
ヴァルトシュタインにも、暖かい春の風が吹いていた。




