127 幸せを刻む日
季節はすっかり春になった。
温かい溶けるような風が体を包む。
私とアルフレード、そして息子のセバスティアンの三人は、グリモワール中部にある第二の都市カーディアスで、婚姻追認式とセバスティアンの洗礼式を行うことになった。
実は、水面下で、エドガー王とアルフレードの話し合いが続いていたのだ。
「普通であれば、結婚式は初夜の儀の後に挙げるはずだった。だが、それぞれ戦火に巻き込まれ、国民向けの発表はできていなかっただろう。オリヴィアンが落ち着いたら、きちんと発表しよう」
「すぐにでもやりたいです。でも、ヴィオラの命はヴァルトシュタインに狙われています」
「だが、子供も生まれている。遅すぎれば、事情がある子かと疑われるぞ。覚悟を決める時期は必要だ。どこかで二人の存在は伝えないといけない」
エドガー王は、私の無事を確認してからというもの、会うたびにアルフレードとそんなやり取りをして急かしていたらしい。
一方でアルフレードは、自分がそばにいないときに私やセバスティアンにヴァルトシュタインの刃が向くのではないかと、不安で仕方なかったようだ。
私はというと、諦めていた結婚式が実現することに驚いていた。
「教会の書面で結婚が成立したことを告げるだけかと思っていたわ」
でもよく考えたら、アルフレードはグリモワールの次の王だ。
エドガー王は政治的なことも考えて、きちんと妻と子供がいることをアピールしたいのだろう。
「でも結婚式はやっぱり夢だわ。嬉しい」
思わずふふっと微笑んでしまう。
それをしてもらえるのは本当にありがたかった。
オリヴィアンで純潔の証はすでに確認されていて、結婚は有効だった。
だが、政治的には披露する場と婚姻の証書が必要にも関わらず、戦争のために式はすぐ挙げられなかった。
そのため、結婚式の形は、神に婚姻の守護と無事を感謝する「婚姻追認式」を行うことになったのだ。
「アルフレード……今はできないとエドガー王に言いながらも準備してくれていたのね」
私は驚いた。
アルフレードだって、本当はすぐに私と結婚式を挙げたかったのだ。それがとても伝わってきた。
「祖父上はああいうけど、命を狙われるのは不安だし、でも俺のものだって早く言いたいのは当たり前じゃないか。
ただ、ドレスや必要な物はオーダーメイドで、思った以上に時間がかかってしまって。これでもギリギリだった」
アルフレードは照れたように笑う。
あの焦土のグリモワールで、費用を捻出するのも大変だったはずだ。
(あんなに急いで、アンジェリカの物を処分していたのはそういうわけだったのね)
私は、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
オリヴィアンがないので、こちらからは何も準備できない。
「ヘルマンにも協力してもらったんだ。フィレンタの金糸や生地を取り入れて、産後で調整も難しいから、今着ている服のサイズに合わせて作ってもらった。微調整はアンナに頼もう」
アンナは早速、私に試着を勧める。
白いベルベットに金糸で植物模様の刺繍が施され、真珠が上品に光を反射する。
裾は長く流れ、柔らかさを強調していた。
「少し動いて体が引き締まっておられるから、脇をさらに締めるかどうか……うーん」
侍女は針を持ち、キラキラした目で見つめる。
「ヴィオラ様を最高級に仕立てるのは私たちの楽しみですもの」
「素敵な生地ですね。初めて見るわ」
侍女たちと私の声が重なり、試着室は楽しげな雰囲気に包まれた。
私は、オリヴィアン奪還の不安を少し忘れ、ドレスを試着した自分を見てドキドキしていた。
同時に、もしお父様とお母様がここにいたら……
喜んでくれたでしょうね。
「素敵なドレスだね」って言ってくれたでしょうね。
そう思うと、胸がぎゅっと切なくなる。
セバスティアンにも、同時に行われる洗礼式のドレスが用意されていた。
同じ生地だが、私は金糸で、セバスティアンには銀糸で刺繍が施されている。
すでにお座りができ、目もぱっちり開いているセバスティアンに試着させると、
「お人形みたい!!!」
私と侍女たちは歓声を上げる。
その声に、セバスティアンも「うーーー!!」と満足そうに応える。
やる気満々だ。
首元には銀のガラガラをかけ、アルフレードの物を引き継ぐ証として身につける。
私はその様子を見て、思わず涙ぐむ。
「やっと……やっとセバスティアンは、この世で認められるのね」
そばに来たアンナが、私の手を握る。
「ええ、アルフレード様とあなたの息子だと、みんなに知らされますよ。ですから……今夜も磨きましょうね」
アンナの目がキラリと光る。
「えっ??」
こうなった時のアンナは、乳母から侍女頭に変身する。
ほら腕まくりし始めた。
「だって、アンジェリカ様は文句ばかりでしたから。しかも、ダメだしばかりするんですもの。
ヴィオラ様を磨いたら、ヴィオラ様は喜んでくれますし、みんなも大喜びですもの!やりがいありますわ!結婚式なんて、私まで嬉しいです!」
アンナの嬉しそうな笑顔に、私も思わず笑顔になった。




