121 帰還の王城、冷たい謁見
アンジェリカは、王城に連絡してジュリアンと面会することになった。
王城に戻ったのは何年ぶりだろう
私が17歳で嫁いだのだから、21年ぶりか。
心の中で、かつての光景が短かく思い出された。
私が生まれた頃にはもう父は、不倫相手のクレアと母の部屋から見える近くの部屋で逢瀬を楽しんでいた。
そして、私が生まれる頃には、リリスがクレアのお腹の中にいたのだ。
心が壊れた母を支えるものは、クレアは男爵の娘で身分が低いが、自分は公爵の娘ということだった。
だから、そう私たちにいいながら、ジュリアンと私に最高の教育を叩き込んだのだ。
あんな気位の高い母が、身分の低い男と内通するかしら?
母が事故で亡くなった時にいたのは、貴族ではあったが、父の反対勢力の男爵だった。
(父は穏健派なんていうけど、性格は陰湿だし穏健じゃなかったわね)
冷え冷えとした王城の中だったが、相変わらず冷え冷えとしている。
王城の使用人は父であるグスタフ王が集めたものばかり。
使用人も信用してないのね。
私を出迎える様子もよそよそしい。
「あら、私は招かれざる客だったのかしら?」
不躾な視線を感じて、出迎えた執事に嫌味を放つ。
「いえ、そのようなことは...」
「長く帰らなかったから、私が王の娘だってこと忘れられてるんじゃないかと思ったわ。」
いつまで経っても外套一つ脱がせようとする気もない。
「指導がなってないわね」
と外套を脱ぎ、誰がこれを受け取るのかしらと振ってみる。
ハッと気づき、大慌てで侍女長が頭を下げて外套を受け取る。
「ここに、どうせクレアに報告するお仕事の方がいるんでしょう?ヴァルターの母、アンジェリカがグリモワールから亡命してきたという情報を入れておきなさい。どうせ、ここではろくな仕事もしてないようだから」
スタスタ歩いて、階段の埃を指ですくい、ふっと吐いてやる。
「今までクレア王妃は素晴らしい指導を皆さんになさってたみたいね。あなたたちの王は、亡きグスタフ王の妻なのかしら?それともジュリアンなのかしら?
あなたたちが支えようとしないんだから、信頼もされないわね」
シーンとなる侍女や侍従たちを見回しながら、
「一度人事を見直した方がいいとジュリアン王に進言してくるわ。部屋はどこかしら?」
と睨みつけると、慌ててみんな動き始めた。
私は執事に案内され、ジュリアンに謁見しに行く。
妻には別宅を与えて別居していると聞いたから、私とフェリックスに似ているんだろうけど、それなら王城の管理をできる人間は他につくっておきなさいよ
兄ジュリアンは賢い人だけど、人の心の機微に弱いし、関係を築くという気がない。敵か味方かだけだ。
今のジュリアンにとって、使用人は敵だし、事実そうなのだろう。
そして、ヴァルターの母である私もおそらく敵認定されつつある。
王の謁見室に案内される。
アンジェリカもごくりと唾を飲み込んだ。
敵認定したものに、兄ジュリアンは容赦ない。
しかも、私は即位したばかりの時に、グリモワール王を殺してしまい、兄の足を引っ張った。
あの時殺さなければ、グリモワールに攻めこむことも、雪の中オリヴィアンに進軍することもなく、兵も死ななかった。
リリスも...死んでない。
ふうっと、息を吐く。
ドアを開けると、王の席にジュリアンは座り、冷酷な顔で私を見つめていた。
それは、結婚前の気を許し合える関係ではなくなったことを意味していた。
「アンジェリカです。グリモワールより戻ってまいりました。ジュリアン王には、多大なご迷惑をおかけしたことは承知しています。本日はお願いがあって参りました」
私は深く一礼する。
兄の目の動きを追う。
すると、ジュリアンは鼻で笑ったように見せた。
「これ以上、まだお前の言うことを聞かなければならないのか。お前に迷惑を受けた上に、その息子まで。わざわざ俺の邪魔に来たのか?」
言われる言葉は仕方がない。
事実邪魔をしたのだから...
「ですが、ヴァルトシュタインに息子を送ってくるように言ったのはジュリアン王だと記憶しています。まさかクレア元王妃に息子を渡すとは思いもしませんでしたが?」
クレアにまんまとヴァルターを囲われるなんてジュリアン王らしくもない。
軽く嫌味を言い返し、上目遣いに睨む
「ああ、俺もアンジェリカがもう少しマシな息子を育てていると信じてたからな。まさかクレアの甘言にのって、ホイホイ囲われる馬鹿だとは思わなかったよ」
「ええそうでしょうとも。フェリックスに似たのよ」
私もやけっぱちになって答える。
そして、大きく深呼吸した。
「まだ、王の、あなたの役に立てると思っています。息子ヴァルターの状況は、入国して初めて知りました。もし、あなたの政権の邪魔をしているのであれば、息子を連れて帰します。都市国家群で身を潜め、あなたの後継にさせるようなことはいたしません。私が目を光らせます」
ジュリアンの瞳が鋭くなる。
「忘れてないか? お前だって、俺の後継になり得る存在だって。お前とクレアが組んで俺を追い落とすことだってできるんだぞ」
(完全に誰も信用してないのね。)
私は息を飲み、少しだけ間を置いてから答えた 。
「それなら──ここで私を殺して。グリモワールの王城で殺される気だったのだから。
だけど、私にはまだ利用価値があるでしょう。
母が面会を希望していると伝えて王の勅命を出してください。面会後にヴァルターを説得して、そのまま、二度とヴァルトシュタインの地を踏まないと約束します」
部屋が一瞬静まる。
ジュリアンは冷酷な顔のまま、私を見据えた。
部屋には、人払いをさせたので誰もいない
(これで通るか──)
「どこに行く気だ?」
「都市国家群のいずれかで、息子を監視します。」
ジュリアンはしばらく考えて、頷いた。
「勅命を出してやる。都市国家で二人とも監禁だ。まだ、お前たちは使える駒になるからな。それでいいなら勅命を出してやる」
ジュリアンは王の椅子から離れることなく私に告げたのだった。




