120 アンジェリカの選択
少し前のこと――。
ヴァルトシュタインに渡ったアンジェリカは、ジュリアンに会いに行くかどうか迷っていた。
「もう、ヴァルターは完全にクレアの手の内なのね……」
クレアとは、父王グスタフの後妻だ。
「しかも、私が結婚した後に、実家が公爵になってるなんて……」
私の母の実家は公爵家だが、クレアの実家もまた、公爵になっていた。
そもそもクレアは元は男爵の娘で、王の侍女に過ぎなかった。
幼い頃には、クレアと父が不貞関係になっていた。
政略結婚だから、私を妊娠した段階で、父の中では母の役割が終わっていたのだろう。
母の部屋から廊下一本挟んだ隣にクレアの部屋を作る。
普通は考えられない。
そんな風に堂々と不倫を始めた頃から、母は次第に精神的におかしくなっていった。
「母の実家の公爵家を頼るべきかしら……それとも、直接ジュリアン?」
貴族たちの勢力図も変わってきていた。
クレアたちの一族が昇爵するたびに、母に味方していた貴族の領地が没収され、すべてクレア側の手に渡っていく。
クレアが王妃になった当初は、まだ男爵から子爵になったばかりだった。
だが、クレアとの間にリリスが生まれ、オリヴィアンに嫁がせることが決まった。
グリモワールとの婚姻同盟も進みつつあり、一の姫の私を差し出すのが得策と判断されていた。
子爵の娘では格が低いという理由で、クレアの願いにより侯爵へ昇格。
それがさらに、公爵になったのだという。
今のジュリアンの後ろ盾である母方の公爵家も、立場は逆転していた。
ジュリアンが王であるからこそ、公爵の座にいられる――そんな状況だった。
教養とか関係なかったということね。
公爵家の母から生まれたと思っていたけど、転落なんて上が変われば一瞬。
「ジュリアンが窮地に追いやられているのは私のせいだわ。でも、ジュリアンについて私が動けば、アルフレードやヴァルターの弊害にしかならない。そしてジュリアンはアルフレードの息子も狙うわ。だってオリヴィアンやグリモワールの後継者だし、リリスの孫でもあるんですもの。」
一方でジュリアンの元に行って、少しでも有力貴族と婚姻を結んだり妾になることで地位を回復できるならやってあげたい。
それに、ヴァルターに王の資質があるとは到底思えなかった。
「決めた。ジュリアンに会いにいくわ。そしてヴァルターへの面会を希望していることを伝えて、王の勅命を出してもらおう。ヴァルターの身の上については、ジュリアンを説得して、私の監視下の元で王の座を狙わせないことを約束しよう。可能ならグリモワールに連れ帰って、私の首でヴァルターだけは助けてもらえないだろうか」
私は、ジュリアンの元へ行く前に、ヘルマンに手紙を書いて送ることにした。
高齢メイド宛で、以前住んでいた場所に荷物と紛らせて送ろうと思う。
「何にしようかしら...赤ちゃんのものを贈りたいけど、毒でも仕込んでるんじゃないかと思われるのがオチよね。」
無意識に街に並ぶ人形や服などを見てしまう。
「おもちゃの剣や盾はどうかしら?」
(木でできているから、警戒させてしまうわね。
それに、使うようになるのはもっと大きくなってからだわ。)
アンジェリカは苦笑いしてため息をつく。
銀の子剣や盾はアルフレードのものを継承するし、一からオーダーメイドで作って渡す時間もない。
どうしよう...
ヴィオラのドレスはどうかしら?
あの子、ろくな服を持ってきてなかったし...
(でも、私からもらうドレスなんて着たくもないわね。)
ヘルマンは、君主を殺されたから私を殺したくてたまらないだろうけど...
(ヘルマンなら、嫌がらせだと思ってくれるわよね)
船にいる間、ハンカチに刺繍をしていたのだ。
それに手紙を混ぜ込もう。
きっと恋人宛の手紙だと思ってうまく送れるはずだわ。
ヘルマンへ
あなたを思って刺繍してみたの。
使ってもらえるとうれしいわ
私は、兄のもとにいって息子と会う予定よ。
息子ったら、父の後妻のところに行って会えないんですもの。
もし可能なら、連れて帰りたいのだけど、私の顔で許してもらえないかしら?
息子夫婦やお祖父様に伝えてもらえるとうれしいわ
あなたのアンジェリカより
かなりぼかして書いたけど、伝わるかしら??
伝わっても返答を受け取る手段がないけど...
ダメなら都市国家群を逃げ回るしかないわね
私は、ハンカチに手紙をくるみ、香水をかけて封を閉じた。




