12 12歳王子と10歳姫の秘密のキス
「ヴィオラ、ごめん。……でも、将来の妻で、年下の女の子を動けなくなるまで痛めつけるのは、練習じゃないと思うんだ」
先ほどの練習でヴィオラにそう謝った瞬間から、彼女は口を利いてくれなくなった。
いつもなら朝食の席でけろっとしているのに、今日は完全に無視。
よほど悔しかったんだろう。
セバスティアンもリリスも、全く動じない。
そう、これは通常運転なのだ。
だけど、今日は、いつもと違って口を聞いてくれないから、俺にとっては通常運転じゃないんだ。
どうしよう
時間をおいて、慌てて部屋まで謝りに行く。
立場や身分を考えて言い訳混じりに謝るのは簡単だ。
けど、ヴィオラにそんな建前を見せたら、本当に二度と口をきいてくれない。
俺の考えも行動も、全部見透かされてるから、全力でぶつかるしかないのだ。
母とはまた違う苛烈な女性...
(でも...一番ほっとする相手なんだよな...)
王子とか夫とか、そんな肩書きは関係ない。
誤魔化したり嘘をついた瞬間、彼女は許さない。
こんな小さな姫に見抜かれるなんて、まだまだだな。
同年代でこんな観察眼を持ってる奴、他にいなかったのに。
……彼女が男だったら
思わずそう考えた瞬間、ハッとする。
俺も「片目さえ見えてれば」って何度も言われた。
それと同じ、これは彼女を侮辱する言葉だ。
「……ごめん、訂正する」
深く息を吐いて、俺は言葉を続けた。
「将来の妻だから、女性だから優しくしないと、なんて思った。でも、それは、全力で頑張ってる相手にする態度じゃなかった。
力で叩きのめすことはできないけど、その代わり体力差があっても勝てる方法を一緒に考えたり……座学とか別の練習で埋めさせてくれないか?」
やっとヴィオラが振り向いた。
泣き疲れたせいで、瞼が真っ赤に腫れている。
「ご、ごめん……」
ここまでヴィオラを泣かせるなんて初めてで、しかも、自分が女の子を泣かせてしまったと思わず怯んでしまう。
「アルフレードざまっ……」
“様”が“ざま”になってる。鼻水もずるずる。
慌てて侍女を呼んで、冷やすタオルを持ってきてもらう。
侍女は苦笑しながら差し出したけど、それぐらいひどい顔だった。
「女の泣き顔くらいで怯んじゃダメです」
「は、はい……」
ヴィオラは椅子に腰掛け、タオルで目を冷やす。
俺もつい手伝ってしまう。
「世の中には、泣くだけじゃなくて、あの手この手で懐柔しようって女の人が多いんですって。ちょっと泣かれたくらいでオロオロしてたら、騙されるわ」
「いえ。オロオロするのは、ヴィオラ姫だけです」
これは断言できる。普段強気な彼女が、自分のせいでこんな顔になるからこそ、慌てるんだ。
他の女の涙なんて、年上なら年齢を盾に無邪気な顔でなぐさめの声をかけるし、同年代なら当たり障りなく流す。
けど――
「姫! 敬語禁止って言ったでしょ!」
「っ……はい、わかりました。ってしまった!」
「だからそれも禁止!」
「……ごめん、ヴィオラ」
また怒られる。
ヴィオラは、俺が他の人と同じように距離を置くのを何より嫌う。
誰よりも「あなたの家族でいたい」と、まっすぐに伝えてくるんだ。
冷やした目のタオルを、侍女に返す。
侍女が、タオルを片付けるために一時的に退室する。
アルフレードはキョロキョロみて、ヴィオラの頬にかるく
チュッ
とキスを落とした。
アルフレードは慌てて後ろを振り返った。
侍女はまだ戻ってこない。
「な、内緒だから……君だけだから。こんなことするの」
ヴィオラも、あんなに怒っていたのに頬を真っ赤にする。
でも小さく笑った。
「……わかった。秘密ね」
二人だけの小さな秘密が、静かな部屋で作られる。
侍女が戻ってくる。その間わずか2.3分。
「許してあげるわ」
ヴィオラは、少し唇を震わせて真っ赤になってアルフレードに笑った。