118 再会の夜に、誓いをもう一度
「ヴィオラ様、夫婦の時間は必要です。今日は最後の授乳をしたら母子は分離で。女である時間も必要です」
アンナの言葉に、私の背筋がまっすぐ伸びた。
アンナの視線ひとつで、侍女たちがぞろぞろと現れる。
アンナが腕をまくった瞬間――
それは、侍女たちの、侍女たちによる、侍女たちのための戦闘開始の合図だった。
「ちょ、ちょっと待って!?どうしたの?そのやる気!」
磨かれる。
香りを重ねられる。
薔薇の香水の霧の中、
髪はこれでもかと馬毛ブラシでとかれ光を保ち、
肌は、オイルで絹のように整えられていく。
(これは……初夜の儀の再現だわ)
「いつも“世界三大美人”にしてもらってるから、もう十分よ。アルフレードも香水は苦手だと思うし」
「ダメです。いつもが予行演習だとしたら、本日は本番です!」
アンナの言葉が決定打だった。
頬が火照る。もう恥ずかしくて死にそう。
(寝るって……寝るだけじゃないのよね)
そんなことを考えていたら、胸の奥がざわついた。
オリヴィアンの奪還の目処が立つまでは次の子供を考えていない。でも、ヴァルトシュタインに狙われる私の存在はここにいる人たちと騎士団しか知らない。
グリモワールとしては「後継」の問題もある。
アルフレードに他の愛妾を――なんて、誰かが考えないとも限らない。
「アルフレードに他の人を、なんて……絶対いや」
口に出しかけて、慌てて飲み込む。
そんな私を、侍女アンナは見て頷いた。
「私もアルフレード様の寵愛される方はヴィオラ様がよいですわ」
きらりと光るシンプルな金のネックレスが首元を華やかにする。
……もう、女の戦闘の「出陣」である。
⸻
セバスティアンを寝かしつけてから、私はアンナに導かれてアルフレードのいる部屋に戻る。
そして、部屋のドアの向こうで待っていたアルフレードが、ぽかんと立ち尽くしていた。
「あ、あの……えっと。みんなが気を遣ってくれたみたいで」
声が上ずる。
頬が熱くなって、言葉が空回りする。
フィレンタでは、外でも屋敷でも、人目があるから、触れるのは指先やキス止まり。
本格的な夜なんて――初夜の儀のとき以来だ。
そんな私を見て、アルフレードが静かに歩み寄る。
そして、そっと抱きしめた。
「……会いたかった」
その一言で、思わず頷き、涙がこぼれそうになる。
腕の中に包まれると、息ができなくなるほど心が震えた。
けれど彼は、すぐに落ち着いた声で低く言った。
「ただ、抑えが効きそうにないから、その前に話したいことがあるんだ」
そう言って少し距離を取ろうとする。
でも視線は熱を帯びて、私を離さない。
「やっぱり、先にヴィオラを頂いてしまおうかな……。祖父上はまだいいけど、あんな血気盛んな団長や副団長に君を毎日見せてるなんて!」
「そんな目で見る人はいないわよ。私こそ、エドガー王に聞いて驚いたもの」
私は泣かされたことは伏せ、注意されたことだけを話した。
その言葉に、彼の眉がぴくりと動く。
「祖父上までヴィオラに触ったのか! 油断も隙もないな……。
オリヴィアンじゃ、俺は“婚約者”って言っても形だけだったし、人質みたいな立場で……でも、君に一目惚れしてたしね。だから、触れるぐらい仲良しなんだって周りを牽制するために触れてた。子供の浅知恵だけどね」
決まり悪そうに言うアルフレードを見て、私は少し驚いた。
「……気づかなかった。そんな駆け引きしてたの?」
「子供だったし、そうでもしないと不安だったんだ。
俺が当たり前のように触れてたら、他の男は手を出せないだろ?
でも、今また同じ状況なんだ。グリモワールでは君の存在を隠してる。だから誰かが君に恋慕しないか心配。それなのに、俺は側にいないから、不安でたまらない」
アルフレードの言葉が胸に刺さった。
私が妾の心配をしているのに――あなたは私が他の人に取られないか心配しているの?
「ねえ、アルフレード。オリヴィアンで、私があなたを追いかけるように仕向けてたの?」
少し心がざわつく。
もしかして、私が好きにならざるを得ないように仕向けられていたのかもしれない――
だが
「仕向ける?そんな、仕向けてあっさり思い通りになるようなヴィオラじゃないだろ。
好きな子だから、気を引きたいというのはいつもあったよ。それは認めるけど、それですごいって言ってくれたり、教えてって頼られると嬉しいじゃないか。」
アルフレードは照れる。
そういわれたら、ファーストキスまでは兄妹のような距離感と関係だった。
「でもさ、人質だからヴィオラにこっちから手出しは出来ないでしょ。ヴィオラからファーストキスをしてもらって、今度はやっと俺から出来ると思ったら、グイグイきて重いって言われて...距離置かれそうになったときは流石に何とかこっちに関心を戻せないか焦ったよ。あのときは流石にちょっと仕向けたな」
「うっ……ち、違うの。嫌だったんじゃなくて、恥ずかしかったのよ!」
顔が真っ赤になり、思い出すだけで心臓が早鐘を打つ。
「子供の頃から、訓練後の手の治療とか、落馬したらおんぶして運んでくれるとか、寒い夜に毛布を分けてもらうとか――それは当たり前だったのよ。だけど、キスとか抱きしめるのは、やっぱり男女のすることでしょ。それを恥ずかしく感じてしまったの」
「知ってるよ。こっちは追わずに、君が自然に部屋に来たり、一緒に過ごしたいと言えるように、いろんな関心をひきそうなことを毎日必死で考えたんだ。毎日キスして抱きしめるって言ったけど、本当は、君と一緒にいられたらそれだけで十分だったんだから」
彼が苦笑する。
「でも……今は違う。俺は君とセバスティアンをグリモワールでも他の国にも公にしたい。でもまだできない。だから、不安で仕方ないんだ。周りの男に君を見せたくない。
ヴィオラは会うたびに綺麗になるから」
その声が低く、甘く落ちてくる。
次の瞬間――ぐっと抱き寄せられた。
「早くオリヴィアンに帰りたいな。そうしたら、みんなに言える。“これは俺の妻で、俺の息子だ”って」
「アルフレード……」
唇が重なり合い、深く長くお互いを味わっていく。
アルフレードが私を抱きしめる腕は離れず、私もその温かさとアルフレードから感じられる重さに身を委ねる。
「……ヴィオラ……」
耳元で聞こえる声にぞくっとする、
アルフレードの指先がヴィオラの頬から首筋、髪へとそっと沿う。
鼓動が重なり、私もアルフレードの胸に手を置くと胸がいっぱいになった
「愛している。俺だけのものでいて」
再び、唇が触れた瞬間、心臓が跳ね上がった。
ゆっくりと、でも深く――息を忘れるほど長く絡みあう
(だめ……息が、苦しい……)
「あなたこそ...わたしだけでいて」
彼の体温が肌を包み込み、音が遠くへ消えていく。
指先が触れるたび、胸がドキドキする。
久しぶりの夜。
静かに、確かに――二人だけの時間が、そっと幕を開けた。




