117 父と息子と銀のガラガラ
「セバスティアン、久しぶりだな」
アルフレードは久しぶりにセバスティアンに会えるのを楽しみにしていた。
最近、頭巾も口布もやめたらしい。
「どうせ手を伸ばして引っ張って剥がされちゃうの」
ヴィオラからそれを聞き、また成長したんだと感じて嬉しくなる。
「エプロンだけして、うがいと手洗いを済ませたら、顔を出すの。でも、顔がわかるから、その方がセバスティアンもうれしそうよ」
そう聞いて、会えるのを楽しみにしていた。
だが――そう思っていたのに。
「うわああああああああん!!」
……泣いた。全力で。
「えっ!?」
アルフレードが固まる。
「ああ、人見知りが始まりましたね。男の方ですし、いつもと違いますもんね」
アンナは慣れた様子で笑う。
「も、もしかして、俺の目が……怖いのかな?」
眼帯を外した顔を見て泣いたのかと、思わず自分の顔に触れる。
確かに来た当初、アンナも侍女たちもグリモワールにいるものは息を呑んだ。
久しぶりの反応にすっかり忘れていたのだ。
けれど、今では誰も気にしていない――フィレンタからきた高齢のメイドたちなんて、微動だにしない。
結局、こっちが気にしなければ慣れるんだろうけど、これは気にする。
「いえ、成長の証ですよ。誰と誰が知ってる人か知らない人かわかるようになってきたということです」
アンナと高齢のメイドが頷く。
「そうか……。誰にでもついて行かれたら困るし、成長なら喜ぶべきなんだろうけど……複雑だな」
アルフレードは少し肩を落とした。
南部に行っている2カ月の間、セバスティアンの笑顔を思い浮かべながら働いてきたのだ。
それが、いざ会ったら号泣。ショックが大きい。
「今度帰るまでに、顔を覚えてもらえるかな。俺、人見知りひどかった?」
抱き上げようとするが、セバスティアンは全力でのけぞる。
仕方なくヴィオラが抱っこし、アルフレードは横に座って様子をうかがうことにした。
「誰もが通る道ですよ。でも、アルフレード様の幼い頃は大変でしたね。フェリックス王を見た瞬間、大泣きでしたから」
「……あの人のことだから、抱くどころか近寄らなかっただろうな」
苦笑がこぼれる。
息子を抱くどころか寄ってくることのない父――そして、関わった記憶のない自分。
そりゃ顔も覚えないから、懐かないのも無理はない
「俺のように息子を抱っこするような男性は珍しいし、そうなるといつまで経っても顔を覚えないだろうな。」
アルフレードはため息をつく。
「ええ、それがアンジェリカ様に対しても、少しづつ見られるようになって、最終的に私は乳母をクビになったのですから」
アンナも思い出したようにため息をついた。
そうだ!そうだったな。俺は苦笑する。
乳母の記憶がないのは、母アンジェリカより、乳母に懐いていってしまったため、アンナは乳母をクビになり、侍女に変わったからだ。
彼女の場合は、育児について調べるのがアンジェリカで、実践がアンナだったからだが。
「二人とも両極端というか、短気だな。」
アルフレードは思わず吹き出してしまう
思わず笑いながら、銀のガラガラを手に取る。
ガラガラを振ったり声をかけると、泣き止んでじっと見ている。
そのガラガラだが...
「昔のアンジェリカのものを売り払おうと思ってたら俺のものが出てきたんだよ」
ヴィオラに言うと目を丸くされる。
磨き直されて、消毒されてピカピカになった銀のガラガラの先に少し音が鈍くなった鈴が入っている。
綺麗な彫刻と透かしが芸術作品のようだ。
鈴と逆の先には珊瑚の歯固めがついていて、グリモワール王家の紋章が入っている
「俺の病とは時期的に関係ないし、剣の練習の合間にちゃんとアンナにも磨いてもらったから安心して欲しい。出来ればこれを使いたいんだ」
執事がエドガーに連絡して、慌ててアルフレードに
「銀のガラガラを準備しろ」
と突然連絡が来た時には驚いた。
ガラガラぐらい作るお金はあるが、ヴィオラは俺にも言わなかったぐらいだし、気にしているのだろう。
アンジェリカの私物をもっと売り払ってやろうと探したら、大切に宝箱に保管されていたのだ。
(許してないけど、流石に売れないじゃないか。)
宝箱の中に大切に保管されていたその品を、セバスティアンに受け継がせる。
それだけで、少しだけ過去が報われる気がした。
セバスティアンがガラガラを見つめ、手を伸ばす。
それを渡すと、「あーっ!」と嬉しそうに声を上げた。
アルフレードとヴィオラは、顔を見合わせて笑う。
その隣で、アンナがそっと目元をぬぐった。
《歴史背景》
中世ヨーロッパでは魔除けの意味もあり王侯貴族の出産では、洗礼式などで赤ちゃんに銀のガラガラが贈られました。これは現存していて、歯固めとして珊瑚が利用されています。




