115 春の稽古と再会の剣
そんな悔しい決意と涙の日々だったが...気づけば、春が近づいてくる。
セバスティアンは完全に寝返りができるようになり、歯も見え始め、穀物粥の重湯を始めようかとアンナは思案中。
「銀の食器やスプーン、コップは必須です」
流石にいるわよね。一般的には洗礼式に作るのだ。
「洗礼式用の費用は別に準備していると言ってたし、頼んでみるわ」
私は微笑みながらアンナに伝える。
今日、アルフレードは中部にやってくる。
エドガー王に話があるから来いと言われたらしい。
そのエドガー王も数日したらここに来るので、屋敷は準備にぬかりない。
セバスティアンの世話や授乳を終えると、副団長のガスパーと剣の練習だ。
ガスパーとは木剣で訓練するが、こっちが一般的。
「刃を落としているとはいえ、王もヴィオラ様も金属剣で戦うのですから、見ているこっちは冷や冷やしましたよ」
騎士団長のゲオルクは笑う。
騎士団長のゲオルクと副団長のガスパーとはだいぶ会話ができるようになった。
ヘルマンは、色んな仕事を任されているので訓練場に同伴するのは、騎士団長と副団長のみで大丈夫と伝えたいるが、
「姫のそういうところ!ちゃんと守られる王になってほしい」
といわれて、オリヴィアンからは他の海軍兵も交代でやってくる。
私は迷ったけど決めた。
誰より上に立つ王じゃなく、守られ、頼り、意見を聞ける王になるって。
残念ながら誰よりも全てにおいて上には立たことなどできない。
それができるのはごくわずかな人だ。
「最初は、こんな可憐な方が剣を握るなんて思いもしませんでしたよ」
ガスパーは頬を赤くして言う。
……思わず、私も赤くなる。可憐て、誰が??
みんな口もうまいのだ。
彼には日々“負けてもらって”いる。
ときどき本気が出ちゃうらしく、私が負けることもあるけど――その後の息切れ演技が見事だ。
最初は負けてもらうことが、悔しくて仕方なかった。
だから全力で打ち合って、屋敷でも暇があれば剣を振るって……気づけば手にマメ。血までにじむ始末。
みんなが大慌てして薬を取りに走った。
そんなことで心配されるのすら悔しいのよ。
それなのに、剣も上手く行かないのに、手のマメだらけの姫なんて、女性としても完全にアウト。
屋敷のみんな目を丸くしてたっけ。
そして、練習により滲み、血まみれになった手をみて、更にガスパーと海軍兵がショックを受ける始末。
そりゃそうよね。可愛らしい姫が世の中では一般的。
お母様も、アンジェリカ王妃も、柔らかで爪の先まで整えられてたわ。
私もアンナのおかげで、爪が割れたところや肌が荒れたところはだいぶ綺麗になってるけど、セバスティアンの世話で手を洗うしやっぱり貴婦人とは程遠い。
「姫のマメを見てから、副団長がさらに自主練を欠かさなくなりましてね。おかげで士気が上がってます」
ゲオルクは朗らかに笑う。
だが、どんなに背伸びしても大きくはみせられないから練習しているだけだ。剣については精進するしかない。
「ゲオルクさん、ガスパーさん、わたしの足りないところを教えてもらえないかしら。どこを改善したら、もっと強くなれられるのかしら?」
強くないのに強くみせたって、騎士団の人たちにはバレてしまう。
そのとき、背後から聞き慣れた声がした。
「それなら、俺が相手しようかな。久しぶりに――」
振り返ると、アルフレード。
さらに逞しくなって、訓練場の空気が一瞬で張りつめる。
ゲオルクとガスパー、海軍兵たちが揃って一礼した。
「おかえりなさい、アルフレード。出迎えもできなくてごめんなさい。……って、まだ服も着替えてないじゃない!」
「呼ばないように言ったんだ。練習が見たくてね」
そう言って、彼は自然に私の頭に触れ、わたしのボロボロの手を取って頬をなでた。
甘い空気が一瞬だけ流れる。……うん、きっとこういうふれあいが、夫以外では完全にアウトなのよね。
今までオリヴィアンにいた時は、アルフレードが結婚前からこうやって触るから、当たり前なのだと思っただけど。
あれ?
いや、エドガー王のときは触れても誰も動じなかったじゃないの?
なんで今はみんな夫が触れてるのに固まってるの?
アルフレードの触れ方に問題があるのかしら??
そんなアルフレードは、微笑みながら、ガスパーの木剣を受け取り、構えた。
すると、さっきまでの優しさが一瞬で消える。
切り替えが早すぎるーーー
アルフレードと剣を交えるのは、もう約一年半ぶり。
オリヴィアンで別れた時からだ。
体格も違う。構えただけで、威圧感が増して見えた。
私も木剣を構える。
彼には全部見抜かれてるけど、今の自分の力を見てもらいたい。
私は深く息を吸い込み、全力でアルフレードへ向かっていった。




