114 母の剣と、赤子の笑顔
「セバスティアン、留守にしててごめんね」
授乳の時間だが、もう四時間ぶりぐらい。
少し間を空けられるようになってきたので楽になった。
夜も1回起きるかどうかで、眠る事ができる。
おかげで、これからは剣の訓練中は人に任せることも出来るようになるが、訓練が終わるとやっぱり心配で、大急ぎで戻るだろうな。
今日も、顔を見るとほっとする。
「本日も寝返り訓練されてましたが、お尻が重たいようです」
高齢メイドがくすくす笑う。
「あと少しなのにね」
笑いながら抱き上げると、縦抱きができるようになった分、腕にずっしり重みがくる。
「赤ちゃんって本当に大きくなるの早いわね。腕が炎症を起こしそう」
セバスティアンは魔除けのハーブに手を伸ばし、取れずに怒っている。
可愛いけど、困ったものだ。
アルフレードがくれたネックレスも、思いっきり引っ張るから今は大切に保管中。
(指輪のほうが正解だったかしら)
「ほらセバスティアン様、見てください~」
アンナが手作りのガラガラを振ると、さっきまで怒っていたのが嘘のように笑う。
「まだ五ヶ月だものね。切り替え早いわ」
「銀のガラガラだったら、お口にも入れられるんですけどね」
アンナが少し唸る。
王族の子は毒を警戒される。
銀は魔除けにもなるし、そういうものをおもちゃにできるという身分の証でもある。
でも——南部じゃ人々が炊き出しで生きてる。
赤ちゃんのガラガラひとつで何人も食べられると思うとねだる気にもなれない。
(私の剣だって、王から頂いたとはいえ申し訳ないのに。)
「アンナが作ってくれるので十分よ。音の種類も多いし」
アンナが毎日、手作りのガラガラを色んなものを入れてつくってくれるのだ。一般家庭では普通らしい。
用途が一緒ならそれでいい。
「そうですけど……私のおもちゃだと、セバスティアン様がお口に入れたら困るので自分で持てません。銀のガラガラ買いましょうよ。贅沢を責める者なんてここにはいませんよ」
アンナは悔しがる。
今まで散々贅沢をしてきた人たちや貴族は我慢なんてしてないのにーーと。
「毎日作ってもらって、その日の終わりに捨ててる方が、もったいないくらいよ」
アンナが作ったおもちゃは、目を離して何か細工をされてもいけないので毎日破棄だ。
アルフレードは実際に策略で片目を失った。
だから私も仕方ないと思う。
特にアンナはその苦しみを知っているから作っても毎日捨てることを希望するのもわかる
ガラガラ一つ、哺乳瓶一つも、信頼できる人の目を通して複数人で確認する。
それは彼らを守るためであり――同時に、彼らを信じるためでもある。
でも私は知らない。
「慎ましいヴィオラ様は素晴らしい」
「誰かアルフレード様にガラガラをお願いしてあげたら?」
「エドガー王にもってきてもらったらどうだ?」
そんな噂が屋敷に広がっていることを。
服も侍女たちがリネンでみんなが作ってくれる。
それを専用の鍋でアンナが煮洗いして、太陽の下で干すのだ。リネンは早く乾くし、王族も使うと思うのだけど?
「いわゆるドレスはほとんどないですし、刺繍もレースもないし、生地もシルクでもないです。アンジェリカ様はこれに真珠もつけておられましたのに」
アンナが悲痛そうな声を出す
「真珠って!間違えて口にいれたら困るわ」
今度はわたしの方が悲痛な声を上げた。
ベビードレスもおもちゃも、高級にしなくてもいいとは思うけど...
哺乳瓶も全て金庫のような箱に入れて鍵をかけなければならない。これは仕方ない。
王族に生まれた宿命みたいなものだ。
ここまで厳重な暮らしを息子にさせているのが、少し切ない。
「そういえば、ヴィオラ様。エドガー王の訓練はいかがでした?」
「完敗だったわ」
正直に言うと、アンナはうんうん頷いた。
「でも期待されている証拠ですよ。エドガー様がこうやって誰かの訓練をするのは今まで聞いた事がないです。もちろん、フェリックス様の母上が亡くなってから、女性とはほとんど関わられてませんし。アンジェリカ様とも話しませんでしたからね。」
「そうなのね」
アンナと話していると、気持ちが少し軽くなる。
「では、頑張ったご褒美に、今日は私のスペシャルケアをさせてください!」
アンナが腕まくりをした。
「ヴィオラ様は素質がいいですからね。磨けば世界三大美人になれますとも!」
「そんな大げさな……でも、よろしくお願いします」
笑うと、セバスティアンがばぁーうーっ!と声を立てる
なんだか、明日は少しだけ明るい気がした。




