113 泣き虫姫、王の掌の上で気づく
「うっ……うう……ヘルマン、ごめんなさい。恥をかかせてしまった……」
訓練場を出て二人きりになった途端、私は涙があふれた。
頬を伝う涙を手の甲で拭っても、次々とこぼれて止まらない。
「こうやってヘルマンと訓練場で二人きりでいるのも……本当はいけないのよね」
「いや、姫の場合は特殊な事情がある。オリヴィアンにいたら、姫の周りに寄ってくる男なんてアルフレードくらいだ。
触れられるのも、あいつだけだっただろう」
「……」
「エドガー王は、姫に王の素質を見てる。
だからこそ、今のうちに姫の甘さやリスクを改善させたいと思っている。でも同時に、グリモワールの王として、素質がありすぎる部分も叩き潰そうとしてるんだ。もう、オリヴィアンとグリモワールの駆け引きが始まってる。
今こうして俺がついているのも、それを心配した王配であるアルフレードから頼まれたからいるだけだ」
そう言って、ヘルマンは迷いながらも、私の肩を軽く叩き、頭を撫でた。
その優しさに、胸の奥から悔し涙があふれてくる。
頑張って耐えようとしたけど。
「うわああああーーん」
涙が止まらない。
私は周りの人たちのことをあまりに蔑ろにしすぎていた。
エドガー王の足元にも及ばない。
それは剣の腕ではない。
王としてのあり方そのものを、グリモワールの騎士団長にもヘルマンにも見せてしまった。
王妃としても、アンジェリカにしてやられたのに。
エドガー王に、王としての甘さを指摘されてしまったのだ。
ただ、命をかけて私を支えてくれているみんな、悔しくてもヴァルトシュタインの属国になって耐えているみんなに申し訳ない。
「十八歳でエドガー王より狡猾な女王になれる奴なんていないさ」
ヘルマンが静かに言う。
「姫は確かに危うい。だが、だからこそ皆が助けたいと思うんだ。距離が近いからこそ、いろんな意見が集まる。それを取り入れられるのが王の資質だ」
「……」
「エドガー王も、アンジェリカ王妃も、子育てはうまくいかなかった。それは、二人とも“自分が一番上”じゃないと気が済まなかったからな。だがセバスティアン王子は違う。健やかに育ってる。姫がちゃんと周りを信じて、いろんな人に協力してもらって意見を取り入れているからだ」
セバスティアンは、いつもの高齢のメイドに加えアンナや選ばれた侍女たちが代わる代わる声をかけてくれる。
おかげで表情も豊かだし、よく笑う。
よく声にならないような声を上げ始めている。
「ヘルマンは...やっぱり女性の扱いがうまいわね。セバスティアンを思い出したら、元気出てきたわ」
私は、泣き笑いする。
「いや、アルフレードがここにいたら...と思ったが、いないで良かったな。姫が泣かされたと知ったら...」
ヘルマンはぶるっと震える
「アルフレードがヴィオラ姫の敵討ちに、エドガー王に戦いを挑むな。そして、みんなの目の前で間違いなくエドガー王をコテンパンにやるだろう」
ヘルマンは真面目に頷くと、私も想像して少しぶるっと震える。
実際、エドガー王が訓練で触れた時、エドガー王以外ならアルフレードが怒るんじゃないかと感じたのは事実だ。
そして、実際に今までの人生でアルフレード以外に触れてくるとしたら、フィレンタで過ごしたヘルマンだけだ。
そして、そのヘルマンはアルフレードに疑いの目を向けられて可哀想な目に遭わされてしまった。
つまり世の中の基準はわからないが、私の基準はアルフレードが怒るかどうかなのだ。
そして、私が今みたいに泣かされたら、間違いなくアルフレードは怒り狂う。
大変!!素直に泣かされている状況ではないわ!
グリモワールで泣かされたら、アルフレードが間違いなく黙ってないもの!!
それは、フィレンタの一件でよくわかった。
フィレンタまでは、私の方がアルフレードを好きだと思っていたのだ。
だが、今思い起こせば、オリヴィアンの剣の訓練ではみんなの前でアルフレードが必ず触れていた。
「ヴィオラ、姿勢が崩れてる」
「おっ!だいぶ筋肉ついたね」
なんて触れてたじゃないの。
まさに先ほどエドガー王にされたのと同じだわ。
カッターの時も、
「他の水夫たちの視線に君が入るなんて!ああ、ヴィオラの空気を吸わせるのも嫌だ」
って言っていた。
私の空気って何?って思ってたんだけど、本気だったのね。
でも??
オリヴィアンにいる頃は、いつもアルフレードの周りを付き纏って教えてもらっていたのは私だと思っていたけど...
確か、アルフレードが私の前で、私の知らない話をしたり、できないことをできてしまうから教えて!何それ!って追いかけてたのよね。
(あれ...わざとだったんじゃないの?)
わざと、そうしたら私がアルフレードに聞きに来たり、教えてって叫び出すのを分かってたんじゃないの??
だって、私は負けず嫌い。
そして、アルフレードが好きだから、いつもそばにいたがっている気持ちを知ってたんだもの。
「アルフレードって……エドガー王の孫だわ」
自分で言って、納得した。
「ヘルマン!私、悔しい!
エドガー王にもアルフレードにも手のひらで転がされてる気がする!
いいわ、私――王になるだけじゃない。いい女にもなる!」
涙が乾いた瞬間、そう宣言した。
「……は?」
「ヘルマン! あなたが恋してるアン夫人より、もっといい女になるの! 協力して!」
「ひ、姫!? 俺はアンジェリカを殺したいくらい憎んでるんだ! 好きなわけがない!」
「ヘルマン! “嫌い嫌いも好きのうち”って言葉があるのよ!
一日一回でもアン夫人を思い出す日があるなら、もうアンジェリカ王妃の掌の上よ!
だって、アルフレードの母よ!? 私たち、完全にやられてるわ!」
ヘルマンの顔が真っ青になる。
「一日一回どころか、何度も思い出してしまってるんだが……まさか……」
二人して、ぴたりと顔を見合わせた。
――そうだ。
気がつけば、私たちは完全にグリモワール王家の手のひらの上だった。




