110 間合いの向こう
翌日、屋敷内にある訓練場で、わたしはヘルマンと一緒にエドガー王に稽古をつけてもらうことになった。
「この後私は北部の状況を見てこようと思っている。だから長くはここにはいられない。君の実力を見て、騎士団から口が固い良い騎士を練習にあてがおうと思う。」
わたしは頷く。
わたしの剣の技術が拙くても、わたしは未来のオリヴィアン王になると人間だ。
その実力を口外しないでくれるということだ。
冬の空気は冷たいが、体を伸ばしストレッチを行う。
出る呼吸は白い息だ。
それでも、冬にこうやって剣の訓練ができるグリモワールは恵まれている。
オリヴィアンは雪が深く、この季節は騎士団総出で道路の雪かきや屋根の雪おろしだ。
怪我の原因にもなるので、凍結した外ではなかなか訓練できない。
わたしは剣の中から、刃を落とした一番軽い模造金属剣を選んだ。
「軽い剣を選んだか?」
「産後、まだ筋力も戻っていませんので正確に振れることを考えました」
「うん、そうだな。重さで押し切るタイプではないから、その方がいいか。構えてみろ」
エドガー王から言われた通り構える。
「出産の影響か?腰が反りすぎて、重心が後ろになっている。怪我にも繋がるから意識して直せ」
エドガーが剣を持った形や姿をチェックする。
遠慮なく手や腰、足に触れて、姿勢や構えを直す。
(これは他の人だとアルフレードは怒り出すわ)
ちらっとヘルマンを見ると顔がひくついている。
(あれだけ女にベタベタするヘルマンですら、訓練で触れるぐらいでひくつくんだもの)
エドガー王がふっと笑う
「君の護衛は、意図がわかっているようだね。」
「えっ?」
わたしは慌てて、もう一度ヘルマンを見る。
顔のひくつきから、眉間に深い皺に変わる。
「もちろん姿勢を直したり、指導目的で触れたんだがそれは、目的があっても女性にはマナー違反なんだ。そんな気はないと言ってもスキャンダルになる。それだけではない。私は君の筋力や練習量や生活習慣を触れて確認していたんだ。無意識に情報を垂れ流している」
エドガー王は大真面目にいう
私は真っ青になる。
今まで...アルフレードは訓練中もみんなの前で普通にベタベタ私に触れてたわよね。
他の騎士は??そういえば触れてない気がするわ
あれは...みんなへ俺のものだという牽制??
真っ青からいきなり真っ赤になる
「アルフレードと訓練をしていたと聞いたからそうじゃないかと思ったんだ。ヘルマン殿、軽んじたわけではないので気を悪くしないでくれ。だが、このあたりのことは君が指導した方がいい。アルフレードの前で起こったら、あいつもアンジェリカみたいに突発的に触ったやつを殺しかねない」
エドガー王はため息をつき、ヘルマンはグッと悔しそうにする。
う...ごめん、ヘルマン...
エドガー王の言葉は突き刺さるが、その通りだ。
「では、始めようか」
エドガー王の雰囲気がかわる。
威圧感、ずっと自分に伸びてくる剣先、どこにでも届くと言わんばかりの鋭い目で隙がない。
私も構え直す。
冷静に、正確に、そして...速く!!
エドガー王の踏み込みから体をかわす。
だいぶ絞り込んできたので動きは軽くなっている。
かわしながら、剣の重心をずらす。
キーーン
鈴の音のように刀が触れ合う音がする。
癖と相手の動きを見逃さない!
かわし続けながら見続けるが、正確な軌道を狙ってくる。
仕方ない!こっちから仕掛けよう
エドガー王の剣を避けながら、剣先で手早く浅い突きを繰り返していく。
だが、浅いので全く届かない。ただし、エドガー王が少し構えを変え、防御の姿勢を取る。
いけるか??
踏み込みを増やして前に出る。
エドガー王の剣は重くはない。
年齢もありむしろ軽いが、動きが正確で緻密なのだ。
動きがある分こっちは呼吸も乱れるが、エドガー王は乱れない。
わたしが一歩でも間違えたら切られるーー
その圧が、もう一歩わたしを踏み込ませずに一定の距離感を保たせてしまう。
少し切り返すタイミングを早くしよう
もう一度踏み込み、エドガー王の呼吸のタイミングや隙をさがしながら再び剣を交える。
細かく動き続けているので、心臓が早鐘のように打っていた。息を整える。
しかし、出産で落ちてしまった腕の筋力と体の疲労を感じる。
刃のぶつかる音は今度は鈴のようではなく、金属の軋む嫌な音だった。
再びお互いの間合いができた瞬間ーーーエドガー王に初めて空気の乱れができた。
今だ!!
わたしは正面から、突きを繰り出す。
だが、エドガー王は見切っていた。体をそらし、わたしの刃先をずらしわたしは体勢を崩した。
「そこまでだ。」
エドガー王の声が響く。
わたしは肩で息をした。
悔しい、エドガー王は、汗こそかいているが呼吸が乱れない。
「ふむ。軽さを活かしているし、相手をよく観察している。これが産後まもなくて絶好調ではないとは凄いものだ。」
エドガー王は満足そうに笑った。
「そうだな。君には騎士団の副団長のガスパーを練習相手に指名しよう。だが、この間も伝えた通り、君は将来王になる人間だ。ガスパーには、必ず手を抜くように伝える。悔しいかもしれないが、その悔しい気持ちを顔に出さないように、コントロールできるようになりなさい。王は、強いのではなくて強く見せることの方が大切なのだから。」
泣くもんか!グリモワールの騎士団長もいる場で。
ヘルマンに恥をこれ以上かかせたくない!
そう思っても思わず涙が滲みそうになる。
グッと堪える。
「ありがとう......ございます」
わたしは頭を下げた。
「いや、久しぶりに楽しかった。」
エドガー王は訓練場からさがりながら騎士団長に耳打ちする。
騎士団長は、ちらっとわたしを見た後に頷いた。
あれが大国、グリモワールの王。
アンジェリカ王妃といい、わたしとはスケールが違う。
悔しいけどオリヴィアンの臣下や国民のために成長するしかない。
わたしは唇を噛み締めた。




