109 銀髪の王と若き姫
冬の日差しが柔らかく照りつける中、外から馬の蹄の音や、人の出入りの音が聞こえる。
エドガー王がやって来る
それだけで、数日前から屋敷の雰囲気はぐっと締まる。
(父とはやっぱり違うタイプの王だ)
「王がおいでです」
執事が声をかけてくる。
「ヴィオラ様、緊張されなくても大丈夫ですからね。」
わたしは頷くが、みんなの緊張が伝わってくる。
元々エドガー王が雇い上げていた人たちから信頼できる人を、執事を含めて数名中部に回してくれたのだ。
わたしの人となりを報告する役割もあるのだろうが、自分の歳が若いこともあり孫を見るような目で支えてくれる。
ドアが開くと、冬の風と共にエドガー王が現れる。
毛皮の縁取られた長い外套を慣れた手つきで周囲が脱がせ、それを回収していく。
「お待ちしておりました。オリヴィアンのヴィオラと申します。
このたびは、祖国のこと、そして私自身や子、臣下に至るまで多くのご配慮を賜り、心より感謝申し上げます。」
私は姿勢を崩さず、ドレスを軽くつまみ、静かに頭を下げた。
「いやいや、堅苦しいのはよしてくれ。無事によくここまで辿り着いてくれた。大変だったな」
その言葉に私はカーテシーをやめ、頭を上げる。
エドガー王は、銀髪をひとまとめにしていた。ずっと伸びる背筋は今でも剣を握るという老いを全く感じさせないものだ。
(祖父??)
父でも通りそうに若く見えるし、アルフレードはアンジェリカ似だと思う美形だが、エドガーを見たらその品の良さはエドガー王から引き継いだものだろう。
(アルフレード、ほんとにいいところ取りしたのね)
思わず、凝視してしまう。
それでも、深い皺は刻まれ、ここまでの苦労を感じさせたし、瞳は、穏やかに見せて私を値踏みしている。
そこに緊張感をもたせるのだ。
わたしが見ていなかっただけで、父もこうだったんだろうか?
臣下たちの目は、かつて父のセバスティアン王にみんなが向けていた尊敬の眼差しそのものだった。
だが、もっと厳格で厳しく生きてきた人かと思っていたが、普段の姿は父と似た距離感だ。
「父以外の王にお会いしたことがなかったのです。正直、厳しく声をかけるのも難しい空気を作り出しておられるかと思っていました」
「セバスティアン王はそうだったか?」
ふふんとエドガー王は笑う。
「いいえ、ですから父は特殊かと思っておりました」
「そんなに緊張ばかりさせては、周りから意見も入って来ないし、この人を守りたいとは思ってもらえないだろう。もちろん、距離感は必要だ。誰もが王に目をかけてもらっていると思わせて、誰かを贔屓にしていると思わせてはならない。」
思わず頷いて聞く。
セバスティアン王は父だったので、わたしとの距離感はないが、他のものに対しては平等だった。
「だがなあ、それが仇になる時もある」
エドガー王は悲しそうにいう。
「どんな時でしょう?」
「今回、楽しみにしているんだ。君の剣の練習相手になるのがね。王になると、みんな王であって欲しがる。王が負ける姿なんてあってはならないんだ。だから、誰も本気で打ちあってはくれない。」
そうかもしれない。
わたしは考えなかったけど、わたしを守る海軍兵に、わたしがエドガー王にコテンパンされる姿を見たらどう思うだろう。
「あ...わたし...」
迂闊だった。
ガツンと衝撃が走る。
「いや、本当に楽しみなんだ。咎めているわけではない。君の歳ならむしろ研鑽を続けてほしい。だが、誰でもいいわけではないのはわかるね?」
「はい。」
オリヴィアンではわたしの相手はもっぱらアルフレードだった。私に力がついてからは、他のものとも打ち合うようななったがそれでも、騎士団長や副団長が選んでいた気がする。
アルフレードはその場では私を打ち崩さない。
その代わり、きちんと改善点を伝えてその部分の鍛錬を一緒にする形だった。
子供の頃の約束で、私がどんなに希望しても、動けなくなるまで叩きのめすのは嫌だとはっきりアルフレードに断られているからだ。
ただ、もしアルフレードに打ち負かされていたとしても、彼が一番強く、婚約者だったのだから周囲も気にしなかっただろう。
最近のアルフレードをみてわかったが、あれは、王になるからではなく、私が好きだから叩きのめすのは嫌なんだと...思う。
「猪と戦う姿も見てみたいんだが...」
ふふっとエドガー王に笑われて、思わず真っ赤になる。
「怪我するとアルフレードは発狂するだろうし、責任は、君を守る周囲がとらなければならなくなる。」
「はい。」
「だから、君はヘルマン殿を、わたしは中部の騎士団長を入れて、他のものには見られない形の練習にしよう。私も負けた姿を見られたくはない。だが、遠慮なく思い切ってぶつかってきてくれる訓練をたまにはしたいんだよ」
思わず笑う王に、ようやく緊張がほぐれて、どきっとする。
こういう緩急が王には必要なのね。
「あとは、剣だな。つい、色々作って持ってきてしまった。どれが合うかな」
そこからは、剣談義になる。
もっと堅苦しい雰囲気を想像していたが、エドガー王も楽しそうに剣について語る。
選び抜かれた剣はどれも素晴らしく、持った瞬間に自分の一部になるような吸い付くような柔らかさと静かに佇む波紋に心が踊った。
「今度はアルフレードも入れてもっと話したいものだ」
エドガー王の笑みに胸が少し温かくなった。




