107 王妃の馬車に揺られて
セバスティアンも四ヶ月を過ぎ、首もしっかりしてきた。
いよいよ、私たちはフィレンタを発つことになった。
「あっという間だったわね」
窓の外に白い息を吐きながら、私はぽつりと言う。
本当は秋のうちに出るつもりだった。
でも、グリモワール中部の屋敷の準備や新しい乳母、馬車、護衛の手配……結局、冬になってしまった。
「安全には変えられないけど、風邪をひかせないようにしないとな」
馬車には暖かい毛皮を敷き詰めたり、炭火壺であたためるなどアルフレードの準備に抜かりはない。
アルフレードは肩をすくめて笑う。
「だけど、フィレンタでは、思ったより長くゆっくり二人で過ごせてよかったよ。この後は南部にもどるのがつらいな」
その笑顔につられて、私も頷いた。
首元では、光沢のある金のネックレスが静かにきらめく。
ーーー
「これが、アンジェリカ王妃とフェリックス王の婚礼用品! 目がチカチカするわね」
アルフレードはフィレンタの部屋にあったアンジェリカの婚礼道具をヴィオラに見せた。
「だからさ、もう売っちゃおうと思ってる。二人のものなんて縁起でもないだろ。戦争でグリモワールもオリヴィアンもお金にゆとりがないからさ。これで、君とセバスティアンのために、ちゃんとしたものを買うんだ」
アンジェリカ以上にアルフレードにとっても呪いの品にしか見えない。
「でもアルフレードは婿なのよ。オリヴィアンの方で準備すべきだったのに」
ヴィオラは申し訳ない気持ちになった。
初夜の儀のあと、アルフレードは出陣してしまい結婚はオリヴィアン国内とエドガー王に手紙で伝えたのみだ。
「そんな理屈より、ヘルマンのせいで、みんなに誤解される君がかわいそうだ。俺の贈り物をつけておけば、誤解も減ったかもしれないのに!!」
……ヘルマンをギロッと睨む。
彼は一歩下がり、
「いや、俺は何も……」と手を振った。
散々、アルフレードに責められ詰られたらしい。
「フィレンタでは私を“オリヴィアンの姫”だと思う人もグリモワール第一王子の妻と思う人もいないわ。国宝級の装飾品をつける必要もない。だから、アルフレードが普段からつけられるものを選んで」
くれたのは――ヴィオラの首にかかる金の上品なネックレスだった。
「指輪がいいと思ってたのに!」
「指輪はダメよ。セバスティアンのお世話をするんだから」
「ネックレスだって引っ張るだろ」
そんなやりとりはあったが...
指輪は、グリモワールではつけにくい。
王子からの贈り物か?と視線を受けるからだ。
今の時期高級なものをつけたら批判を浴びるし、安いものをつけたら国力がないと見られてしまう。
その点ネックレスなら、オリヴィアンからずっとつけていたと思われても不自然じゃない。
ただ、セバスティアンが毎回おもちゃにしようとするのが難点だけど。
「本当は、金額じゃないのにね」
思わず呟いた。
アルフレードは真剣に選んでくれたことが重要なのだ。
それも、わざわざヘルマンを立ち合わせて
「俺が夫ですのアピール」付きで。
アン夫人とアルフレードは似ていないと思ってたけど……どこか、似てるのよね。
後ろで落ち着かないヘルマンを見て、ふっと笑ってしまった。
――そんな思い出のフィレンタを、私たちは後にする。
セバスティアンを毛布でくるみ、私が抱っこして馬車に乗る。
両脇をアルフレードとメイドが支える。
フィレンタを出て、グリモワールに入国すると、グリモワールの専用馬車が準備してあり乗り換えた。
護衛も一気に増える。
フィレンタは都市国家なので、多くの兵を入れられない事情があった。
オリヴィアンの海軍兵たちも、亡命手続きを行い、今日から一時的にグリモワールの国民である。
アルフレード付きにしているが、このまま私を守ってくれる予定だ。
用意された赤子用の馬車は高さが低く作ってあり、座面が深く、揺れを吸収する構造。カーテンもあり、クッションが多く体の負担が少ない。
「ここからは、俺が抱っこする」
カーテンを閉めて、アルフレードがセバスティアンを受け取り、しっかりと腕に抱く。
包み込むように――まるで宝物を抱くみたいに。
その姿を見て、胸がじんわりと温かくなる。
この馬車は、かつてアンジェリカ王妃がヴァルターとアルフレードのために用意したものらしい。
結局使われなかったけど、かつてそこまで用意していたことに驚く。
「馬車までこだわっていたのね」
「使われなかったみたいだから、今回使うことができて良かったよ」
アルフレードはため息をついている。
アンジェリカ王妃が幼い息子のために準備した馬車だ。
今、何を思っているのだろう?
セバスティアンをあやすアルフレードの姿は、かつてアンジェリカ王妃がアルフレードをあやそうとしていた姿に見えた。
馬車は、冬の光を受けながら、ゆっくりとグリモワール中部へ進んでいった。
《歴史背景》
現存はしていませんが、絵画などから、乳母と赤ちゃんや子供が移動するための馬車が存在していたといわれます。馬車は小型で軽量、広めの座席やベッドがついたものもあったようです。保温などにも気を配られました。
ですが、揺れが激しいので文章のように、赤ちゃんを布で固定して真ん中に母や乳母、それ以外の侍女たちが固める移動が多かったようです。




