103 亡国の姫、港の風に立つ
ヴィオラは悔しくても、アンジェリカに対しては感謝の気持ちを持つように心がけた。
王妃アンジェリカに――私は生かされた。
けれど、敵から塩を送られたと思って、割り切ることにしたのだ。
それからというもの、毎日ヘルマンがフィレンタの街を案内してくれる。
港町の市場は活気があるけれど、どこか色が薄くなった気がした。
「オリヴィアンが侵略されて、フィレンタの物流も滞っているみたいね」
私はキョロキョロ売られているものを眺める。
見たことのないフルーツや、野菜、肉が置かれている。
逆にオリヴィアンから入っていた見慣れた野菜や小麦、ワインが減った。
そして、絨毯や布など、以前は色とりどりの山になっていたのに、山が減っている。
「オリヴィアンからの羊毛や麻、小麦、葡萄などがうまく入らなくなってきているのね」
「流通量は減ったが、結局オリヴィアンの海軍がフィレンタまで様子を見ながら運んできている。だから、完全に枯渇したわけではないんだ」
ヘルマンは困ったように肩を落とす。
「海軍が出入りを続けてるの?」
私は驚いた。
ヴァルトシュタイン兵は何してるんだろう?
「侵略はしたものの、その後の指示が止まってる。だから海軍は、民の要望に応じて少しずつ試しながら物資を出してるらしい」
「じゃあ、オリヴィアンと連絡が?」
それは期待ができる。
オリヴィアンの状況が心配だったのだから。
「ああ、普通に状況が把握できる。ヴァルトシュタイン兵の怪我が激しくて兵の入れ替えはあったが、あの国が内乱状態らしい。オリヴィアンまで兵を割けないらしい。」
「なに?その無計画な侵略は?そんなことにお父様とお母様は死ななくてはいけなかったの?」
私も眉を顰めた。
「無計画から始まった戦争だからな」
そうだった。
アンジェリカ王妃がフェリックス王を殺してしまったことから始まったんだった。
「しかし、オリヴィアンの騎士団も被害が大きいらしい。防衛線にでていたのが騎士団だったからな。
もし奪還するなら、オリヴィアンの国民がどれだけ立ち上がってくれるかに賭けるしかない」
ヘルマンはため息をつく。
港の風が冷たく吹き抜けた。
最近は海軍兵たちと、日差しの下で日光浴をする赤ちゃんを眺めるのが日課になっていた。
けれど、もしアルフレードとヴィオラに何かあれば――この子は親もいなくなる。洗礼も受けてない。名前も存在も認知されない。
そう思うと、オリヴィアンを取り戻したい気持ちと、この子を守りたい気持ちがせめぎ合った
「ヴァルトシュタインの情勢、もう少し掘ってみる。
別の都市国家に潜って情報を集めてくる」
ヘルマンが言う。
「危ないけど……お願い。
物流が止まれば民の不満が高まるわ。
ヴァルトシュタインへの不満が高まった時が、きっとチャンスになる」
私が言うと、ヘルマンは黙って頷いた。
しばらく港を歩くと視線は感じるが、誰も声をかけてこないことに気づいた。
「あら?そういえば...ヘルマン、あなた女性関係を整理したの?全く誰も寄ってこないのだけど?」
アンジェリカがいなくなって、ヘルマンにとって通常運転がはじまった。
相変わらずモテモテで
「アン夫人と別れたんですって?」
「ヘルマン、あの女を振ってやったんでしょ。」
「うそ、逃げられたって聞いたけどそうなの?」
と根掘り葉掘り聞かれていたのに。
私が首を傾げると、彼は露骨に顔をしかめた。
「……道端で、俺が臣下の礼を取っただろ?」
「え? そうね、それが――まさか!」
「そう。みんな、俺が姫にプロポーズして、OKをもらったと思ってる。
ついでに“子供の父親は俺”って噂まであるんだ」
「ええーーっ!? 勘弁して!」
私は思わず叫んだ。
「アルフレードになんて言うのよ!」
「どうしようもない。否定すれば怪しまれる。
毎日一緒に歩いてるし、いっそ誤解されたままのほうが安全だろう?」
くらっとくる。ヘルマンと夫婦ですって!?
冗談じゃない。
「いいわ。でも、距離は守って。腰も肩も絶対触らないでね。アルフレード以外に触られたくないの」
「心得てるさ。あいつにバレたら、俺だって生きて帰れない」
はあ……なんでよりによってヘルマンと噂になるのよ。
でも――アルフレードが聞いたら、どんな顔をするかしら。
ちょっとだけ……見てみたい気もする。
私は思わず、ふふっと笑った。




