100 フィレンタの誓い
頭の中が真っ白になるとはこのことね。
「アン夫人は...アンジェリカ王妃だったのね...」
わたしは思わず小さく息を漏らした。
ヘルマンは苦しそうに頷いた。
だが、それと同時に私には胸にガツンと衝撃があった。
「わたしを...私のことを気遣ってアルフレードもヘルマンも言えなかったのね。」
アン夫人がアンジェリカ王妃というより、二人が私がショックを受けると思って私に言えなかったことの方が堪えたのだ。
私は目を閉じて深呼吸する。
もちろん事実に驚き、ショックを受けた。
それでも、妙に納得している自分もいる。
「あれがグリモワールの王妃...」
気高く、知識があり、疑い深く、人を使うことに慣れている。
圧倒的に自分はお子様だ。
格が違う。
過去を思い返す。
考えの甘さを叱られたこと、アルフレードが安物の贈り物だからと買うことが出来なかったあの時の話も……。
今の段階で、私は彼女には敵わない。
それは仕方のないことだ。
「ヘルマン、私そんなに頼りない君主かしら?」
風の冷たさは、私の心を表すかのようだ。
「大切な話を、隠して守らなければ、気を使わなければならないようなら私は王にはならないわ。いえ、なれないの。」
私は肩を少し震わせながら、視線を逸らさずに言葉を続ける。そして、ヘルマンをまっすぐ見つめる。
「だって、大切なことを周りに決めてもらっていたら、それは傀儡になっているのと同じだわ。そして、私もいつもあなたや周りを疑わなければならなくなる。だって、お父様だったら、あなたはすぐに報告したんじゃないかしら?アルフレードもきっとすぐに事実を打ち明けたはずよ」
ヘルマンはハッとしたように目を開く
「す、すまない。アンジェリカから、ストレスを与えたら子供の乳に影響すると聞いていたんだ。今でなくなったら大変だと思ってしまった。蔑ろにしようと思ったわけじゃないんだ」
私は頷いた。そして、肩の力を抜いて話す。
「だからね...ヘルマン。責める気はないんだけど、無意識に、あなたは私のことより、アンジェリカ王妃の言葉を信じてしまっているの」
私はため息をついた。
「もちろん、ショックは受けるし、泣くこともあるかもしれない。でも、どうしたらいいかあなたにもアルフレードにも相談するわ。だけど...」
ぐっと奥歯を噛み締める。
「こうやって無意識に出来ないだろう。ショックを受けるだろう。守らなければならないだろうと思われる方がきついわ。アンジェリカ王妃だったら、そう思わなかったでしょう。」
ヘルマンは言葉を失ったように立ち尽くす。
「ヘルマン、これから冷静になったらわたしは、彼女に対して怒りで狂うかもしれない。
だけど、悔しくても、アンジェリカ王妃にわたしとセバスティアンは生かされてしまったの。そして、アルフレードと引き合わせてくれたの。」
涙が頬を伝う。私はそれを拭わずに、彼に告げる。
「だから、この事実は受け止めるわ。」
ヘルマンは、静かにその場に跪き、臣下の礼をとる。
フィレンタの街の中心で、私たちは間違いなく注目を浴びていた。
泣きながら笑う。
「明日には、ヘルマンを跪かせた女として噂になるわね」
「……ああ」
半泣きのヘルマンも笑った。




