10 臣下の礼から始まる王子の学び
アルフレードは、ふかふかの布団に身を沈め、久しぶりにぐっすり眠った。
自分の国よりよく眠れるなんて……皮肉なものだ。
苦笑するしかない。
朝の冷気で、見えない方の瞼が少し痛む。
それでも、王妃が手配してくれた従僕オスカーと侍女アンナが笑顔で挨拶に来てくれ、温かいお湯で顔を洗わせてくれたおかげで痛みは和らぐ。
(こんなに手厚くしてもらって……大丈夫なのか?)
心を引き締め、気合いを入れ直す。
案内されたダイニングルームはこじんまりとしていて、セバスティアン王、リリス、ヴィオラ、自分の席が用意されていた。
「おはよう。よく眠れたかい? 昨日は大変だったね」
穏やかに声をかけるセバスティアン。
「おはようございます。昨夜はお騒がせしてしまい、申し訳ありません」
アルフレードは頭を下げる。
「いや、君は悪くないよ。ヴィオラが……まあ、あの子のいいところだ」
セバスティアンの言葉に、アルフレードは何のことか首をかしげる。
(ヴィオラ姫、何かあの後あったのか?)
朝食の距離感にも戸惑う。
家族で食卓を囲むなんて初めてだ。
父は家にいないし、母は弟と食べている。
自分の朝食は家臣が手配して、朝練後に家臣たちと食べるか一人で食べるのが当たり前だった。
(どう振る舞えば……普通にしていいのか?)
動揺を隠しながら、自然を装う。
セバスティアンはアルフレードの様子を読み取る。
ふむ、昨日は表情を崩さなかったが、今日は置かれた環境が違うらしい。目の動きが大きく、返答に迷いが見える。
(むしろ、年相応でほっとしたというか、いやそれでもこの歳でかなり冷静な子だな)
「警戒するなとは言わないが、ここでは君も家族の一員だ。安心していい。ただ、外では失礼を働く者もいるだろう。ヴィオラの言う通り、君を軽んじる者は王家を軽んじる者だ」
「えっと、私はその後どうなったのか知りませんが、ヴィオラ姫が何かされたのですか?」
アルフレードが恐る恐る尋ねる。
「気にしなくていいの。ヴィオラは勝ち気だから、売られたケンカは大人相手でも買うのよ。一人娘でしょう。将来何を求めれるかわからないから、男の子みたいに剣術や兵術も教えているの。今朝も早く帰るように言っていたのに、朝練から戻ってこないし...」
リリスがため息をつきながら微笑む。
ヴィオラの席はまだ空席だ。
「そうか、君は昨日、ヴィオラと眼帯を取り上げたレオン侯爵とのトラブルを知らなかったか」
セバスティアンが顛末を話すと、アルフレードはえっ!と驚き、頭を下げる。
「そんな……姫のお立場が!私が頭を下げれば済むことです」
まさか、あの後そんなことになっていたなんて。
ヴィオラ姫に申し訳ない。
だが、同時に心が温かくもなる。
「アルフレード、もう君を名前で呼ぼう。確かに、君の立場なら、敵を作らないことは賢明だ。でも、その後王になった後、舐めてかかる者がいることを忘れるな。今のうちに、君が次の王だと存在感を示しておかないと国が分裂する」
アルフレードは黙り、うなずく。
「君はヴァルトシュタインとグリモワールの教えを受けているだろう。ここにオリヴィアンの教えを加えよう。三国の教えを受けている者はほぼいない。この国は海軍が強い。特に、グリモワールには海がないから、勉強になるだろう。君が自分のものにできるか楽しみにしている」
アルフレードは席を外れ、セバスティアンに跪き、臣下の礼をとった。
「やめておくれ。今日から君は私の息子でもあるんだからね。息子に教えを伝えるのは当然のことだ」
セバスティアンは笑った。
セバスティアンはアルフレードとヴィオラが支え合う日を、心の中で楽しみにしていた。