ダンジョン経営始めます
市立源川高校。それが俺、斎藤創也の通っている高校であり、俺は冒険科の一年だ。
今から約十年前。各地にダンジョンが出現すると、人々はその未知の世界に魅了された。ダンジョンの中には現在の科学を以てしても再現不可能な技術や不思議、お宝や夢が詰まっている。
やがて一人二人と危険を顧みずダンジョンに挑む者が現れ始め、それはここ十年で増加の一途を辿っている。今や子どもたちの将来の夢第一位は、ユーチューバーではない。冒険者なのだ。
俺も例に漏れず冒険者を志した一人なわけなのだが……。
「えー。皆も知っての通り、うちのクラスの斎藤の家がダンジョンになった。こらそこ! 笑うんじゃない!」
俺は今教壇に立たされて、ゴリラみたいな顔の担任・五里沢から辱めを受けている。冒険者の卵の家がダンジョンって、ゴキブリの家がゴキブリホイホイみたいなものだ。
「やーい! お前んち、ダンジョンやーしきー!」
どこぞのカン太が囃し立ててくる。ほっといてくれ。
「静かにしろ! 個人の家がダンジョン化するというのは、非常に珍しいことだ。斎藤家の方針が決まるまでは無暗に近づかないこと。攻略しようなんて以ての外だ。わかったな?」
五里沢が釘を差したのと同時に、放課後を告げるチャイムがなった。解放された俺が座席に戻り疲労と恥ずかしさから机に顔を伏せると、誰かが近づいてくる気配がする。
「創也君」
鈴を転がしたような声に顔を上げると、目前には相川の姿があった。
相川玲奈。おっとりとした見た目で、ゆるふわロングの黒髪の女の子。誰にでも優しく気立てのいい、俺の好きな子だ。
そんな相川が、何やら頬を赤らめてモジモジとしている。
「ねえ、創也君」
「な、何?」
「その……今日、創也君家に行ってもいい?」
夢のような言葉だった。天国にも上るような心地で、耳が幸せ。だが、自宅がダンジョン化した今となっては、嬉し恥ずかしなその台詞も意味合いが異なってくる。
「五里沢も言ってたけど、俺ん家の方針が決まるまでは駄目だよ」
やんわり断ると、相川は「ちぇっ」と唇を尖らせた。こういうちゃっかり甘い蜜を吸おうとする若干腹黒なところも好き。結婚したい。
そんな彼女と、俺はパーティーを組ませて貰っている。もっとも、もう一人邪魔者がいるわけだが。
「よう、創也。今日お前ん家行っていいか?」
噂をすれば、現れたのはもう一人のパーティーメンバーである笠原真司。目立ちたがり屋の金髪で、俺とは小学生からの腐れ縁だ。
「だーかーらー、俺ん家はまだダンジョンとしてどうするか決めてねーの」
「え? いや、普通におじさん達も心配だからさ」
笠原は、素でこういうことが言えるのだ。いい奴なのである。
「とにかく、今日は駄目だ」
申し訳ないが、今の我が家に笠原や相川さんを招くことはできない。山積みの課題を片付けるべく、俺は教室を出て帰路を急いだ。
「……ただいま」
玄関を開けると、家の中は洞窟のように変化していた。開けた瞬間普通の家に戻ってはいないかと毎回期待はするのだが、そう上手くはいかないようだ。
我が家がダンジョン化して、今日で三日。賢明なマッピングのおかげで、洞窟を進み右、左、右、右、斜め左に進んだ先の壁の前で全力で小島よしおを物真似をすればリビングへの道が開かれることは突き止めていた。
「うおおおぉぉぉ! ハイ!!!オッパッピィィィィ!!!!!」
俺の全力小島よしおを受け入れて、ゴゴゴゴゴと音を立てて岩壁が裂け道が出現した。その先にある元の通りのリビングには、家族が全員揃っていた。
「創也。いいオッパッピ―だったな」
自分が決めポーズを取ったままだったことに気づき、俺は咳払いして平静を装いリビングに入った。
「メシハ、マダカノ?」
胡坐を掻いても頭が天井に擦れそうな巨体のサイクロプスと化しているじいちゃんが、炊飯器からしゃもじで直に白米を食いながらお袋に低い声で尋ねている。
「今食ってるやろがい!」
突っ込むお袋は、未だ見慣れないサキュバス姿だった。露出の多い衣装は非情に目のやり場に困るのだが、毎度のしつこいじいちゃんの飯要求を雑にいなすそのスタイルはまさにお袋のそれなので、この人が俺の母と同一人物ということに間違いはないようだ。
「……おにい、おかえり」
おっと、野生のモンジャラが飛び出してきた! かと思ったら、我が妹の三香じゃないか。メデューサの三香は中学生にしては体が小さく、おまけに伸び放題だった長い髪が全て蛇と化してしまったので、座った状態で俯いていると全身が蛇に隠れてしまうのである。
「ただいま」と応えて座布団の上に座ると、家族の中ではもっとも人間の時の見た目に近い(角二本が生えただけ)の親父と目が合った。
「親父、仕事は?」
「ああ、辞めてきた」
その一言で、お茶の間の空気が凍り付くのがわかった。誰もが何も言えないでいると、親父は真面目な顔で卓袱台に両肘を置き手を組み、ゲンドウスタイルを披露する。
「父さんな、ダンジョンで食っていこうと思うんだ」
そして、血迷ったことを言いだした。
「何言い出すんだよ馬鹿親父!」
「仕方ないだろう! 父さん元々窓際だったし、人間じゃなくなっちゃったから人権ないよねってことでクビにされちゃったんだよ! ダンジョンについては、冒険科に通ってる創也が詳しいだろ! 何かいい案を出してくれ!」
「俺に丸投げかよ!」
激しく苛立ったが、自分のこれからに大きく関わることだ。俺は脳の片隅で埃を被っている知識を引っ張り出し、紡いでいく。
「まず、冒険者を倒せばその冒険者の所有物はダンジョンに奪われる。それを売れば生計は立てられるかも」
「いいじゃないか! 他には?」
「うーん……動画配信とか? 人間がモンスター化した例ってうちが初めてらしいから、注目度はかなり高いと思う」
「あら、いいわね」
お袋がノリノリで答える。
「いや、お袋は駄目だ」
「えー、何で?」
「BANされるから」
バンって何? という顔をしているお袋を余所に、親父は「何とかなりそうだな!」と楽観的に笑うのだった。