9 青髪の少女
何だ? 全く一向に事態が前に進まない。
誰が来ようとも、俺の邪魔をする者なら同様に消すまでだがな。
「何の用だ。見ての通り取り込み中だ。邪魔をするならお前もこの男と共に⋯⋯!?」
消す⋯⋯。
振り向くのも面倒だと声のする方には見向きもせずにそう言いかけた時、信じがたいことが起こった。
「な⋯⋯!?」
理解不能だった。
突然制止の声を上げやって来たかと思えば、声の主——青髪の少女は今度は俺に飛び掛かり両方の腕を使って拘束技を決めてくる。
「おいっ、貴様何のつもりだ!? 早く放せ!」
訳が分からず、とにかくこの女を引きはがそうと力を込めるが、なかなか女は俺から離れようとしない。
それどころかさっきよりも強い力でしがみついてくる。
「嫌ですっ、絶対に放しません! 私っ、弱い者いじめは大嫌いなんです!! そこの人っ、今のうちに早く逃げて下さい!!」
俺の命令を拒むどころか男の逃亡までも促す。
全くこの男といいこの女といい、人間という生き物はどいつも強情な奴らばかりだな。
俺が引きはがそうとしても全くピクリともしない。
この少女の細い腕のどこにそんな力があるのか分からないが凄い怪力だ。
本当に人間なのかと疑いたくなる。
そうこうしているうちに、事態を察した男が立ち上がり、少女に感謝の意を述べ町へ向かって走っていく。
「おい貴様っ、待て!」
だが少女と格闘しているうちに男の背はどんどんと遠ざかって角を曲がった瞬間見えなくなってしまった。
「クソっ」
いい加減鬱陶しい。せっかくの機会を逃したことと、一向に離れようとしないこの少女に苛立ちも限界を迎える。
魔法でこいつを殺し、すぐにあの男を追いかける。
そう思い指先に魔力を込めた時だった。
あれだけしがみついていた少女はパッと俺から手を放し後ろに飛びのいた。
⋯⋯察知されたか。だがまあいい。
「貴様、目的は何だ。何故あの男を逃がした。貴様には何の関係もないはずだ」
対面する少女は青い髪をサイドテールに高い位置で結い上げていた。
年齢は十代半ばといったところか。
格好などを見てもとても騎士や隊に所属する者には見えない。
魔力はそれなりに強いようだが⋯⋯。
「怯えている人を助けることに関係が必要なんですか? さっきも言いましたが、私、弱い者いじめが嫌いなんです。こんな人目に付かない場所であんな所を見せられたら止めない訳にはいきませんよ」
この少女の発言を言葉通りに受け取るなら、俺を止めたのはただの正義感から来た行動だったようだ。
しかしおかげでせっかくのチャンスが台無しだ。
あの男の微弱な魔力じゃ魔力探知による捜索だってままならない。
この落とし前は付けてもらわねばならない。
いや待て、魔力探知⋯⋯。
突如俺の中に答えが降ってきたような感覚がした。
「⋯⋯そうか。ならば今回は見逃してやる。その代わり二度と俺の邪魔をするな」
怒りを収め突然大人しくなった俺に少女は目を丸くさせている。
しかしもうどうでもいい。
俺はそれだけ告げると、そのまま何を言うこともなく少女の横を通り過ぎ町へ出た。
「ちょっと待って下さい!」
しかし少女はそれでは気が済まなかったようだ。俺を追いかけ横に並ぶ。
「どこへ向かうつもりですか? もしさっきの男を追いかけるつもりなら見過ごせませんっ」
この少女はどこまでも正義感が強いようだ。
俺と自分との力量差ぐらいは理解しているのだろうが、他人のためにここまで出来るその度胸には素直に称賛を送ろう。
ただしその正義感が俺に向けられるのであれば話は違う。
「俺がどこに行こうが貴様には関係のないことだ。それとも、あの男の元ではないと言えば満足して立ち去るのか?」
「いえ。あなたからはとても危険な匂いがしますので」
そう言ってじっとこちらを見ながら隣を歩き出す少女。
「それに、関係なくありませんよ。私はこの町にお世話になっている身です。町の人が困っているなら助けるのが当たり前ですから」
見ず知らずの人間の事情など知ったことではないが⋯⋯。
俺はチラと少女の方を見た。
この少女がどれほどの実力を持ち、一体何者なのか、何一つとしてこちらに情報はない。
無駄に強い力と正義感は鬱陶しくはあるが、100年後の人間社会についても、この町についても情報が不足する今、この少女がついて回るというならそれは今後の生活においてかなりの助けとなる可能性がある。
少女の発言を信じるならばこの町の騎士という訳でもなさそうだ。
人間社会に溶け込むために利用する価値はあると判断した。
◇◇
「⋯⋯町を一周しちゃいましたけど、本当にどこへ行くつもりなんですか?」
かれこれ一時間、俺は人の流れに沿うように町を歩き続けていた。そこまで暑い季節ではないようだが、流石に身体も汗ばんできた。
「教える義理はない」
「はいはい。そんなこと言ってただの迷子なんじゃないです? あなた、見るからに世間知らずそうですし、町を一人で歩く事もないのでは?」
「どうだろうな」
俺が素直に答えないことにも慣れたのか適当に流し、そんなことを言う少女。
なるほど、察しは悪くないようだな。
だが迷子というのは不正解だ。
何も俺は目的もなく一時間も町を彷徨っていた訳ではない。
目的は当然『HELLCLOUD』だ。
あの男からこの町では『HELLCLOUD』は禁止されているとの情報は得たが、言葉一つでその真偽を判断することはできない。
だからこそこうして自分の目で確かめることが大切なのだ。
この町にいる複数の人間に尋ねれば信憑性も上がるが、あの路地での会話をこの少女がどれだけ耳にしたのか分からない以上、むやみに『HELLCLOUD』についての話題を出すのは得策ではない。
騎士ではないのだろうが、この少女の立場も掴めていないのだから、下手に俺がかつて魔王であったこと、そして『HELLCLOUD』を滅ぼそうとし転生してきたことがバレるようなことは避けたい。
少女の言うように、あくまで俺はこの町に不慣れな世間知らずとして進めるのが手堅いだろう。
そして生活に十分な情報を手に入れたと判断し次第、処分する。
単独行動で手早く出来ない点は面倒ではあるが致し方ない。
無理やりにでもこいつを引きはがすことは容易だが、下手に騒ぎを起こし注目を浴びるような事態になればそれこそ目的達成は遠のくからな。
今は大人しくしているか。
「あー、なんだかお腹が空いてきました」
そう言って空を仰ぎお腹をさする少女。
全く無防備過ぎて、逆に何かこちらを陥れようとする策か何かにも思えてくる。
その時、少女の言葉につられるように俺の腹からキュウと何とも情けない音が鳴った。
「ぷふっ、あなたもお腹が空いてるんですねっ」
ニマニマと嫌な笑みを見せてくる少女。なかなか癪に障る。
だが腹が減っているのは事実だ。
「何も食べていないのでな。空腹とは何とも厄介なものだ」
「ふふっ、では酒場に行きましょうか。ちょうどこの近くにあるんです。メニューが豊富でとても美味しいんですよ!」
鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌な調子で少女はその酒場とやらがある方向を指さす。
あれほど俺を疑っておきながら飯を共にしようなどと、善良を通り越して呆れすら湧いてくる。
だが⋯⋯
「案内しろ」
断る理由もないからな。
俺は少女の案内で酒場へと向かった。




