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6 平和な国

「ゲームを終わらせることは分かった。だが、貴様ら神々にとって『HELLCLOUD』はただのゲームに過ぎないはずだ。人類の敵そのものである魔王おれを転生させてまで何故そのゲームに固執する」

「『HELLCLOUD』の拡大はいずれ魔族の暴走を引き起こします。改良と複製により何百、何千と増加した魔族たちが解き放たれれば人類に未来はありません。

 あなたにはそうなる前に、世界中に散らばる魔術水晶板のオリジナルを回収し、『HELLCLOUD』を終わらせて欲しいのです」


 あの時鳥女神はそう言っていたが果たして⋯⋯


  ◇


「おーい兄ちゃん!町が見えたぞー」


 穏やかな日差しと心地よい風にいつの間にか眠っていたようだ。

 男の声で目覚めた俺は瞼を開く。

 いつの間にか森を出ていた馬車は、橋を渡っていた。その先には天高くそびえる城壁と、その壁に囲まれた大きな町が見えていた。


「城塞都市ケルバン。魔王統制時代の名残であそこは今もバカデケェ城壁に囲まれてる。昔は珍しくもなかったらしいが、今じゃ立派な観光名所だ」


 平和な時代に壁は不要。その分だけ維持費もかかるだろうからな。多くは魔王討伐後解体されたようだ。


「ケルバンは国有数の商業都市でもある。入行検査はかかせねー。あんたはただの通行人扱いだからあっちからだろ?俺は荷馬車があるからこっちだ。じゃーまた後でなー」


 町に入るのに検査がいるのか。面倒だな。

 俺は荷馬車から降りると、男の指さす方の検査所へ向かう。

 男は他の荷馬車に続き右側の方へ進んでいった。


「ケルバンへ入場の方はこちらへお並び下さい。一般入行者の方はこちら第一第二ゲートへ、荷馬車など大型のお荷物をお持ちの方は第二第三ゲートの方へどうぞ!」


 門兵が声を上げ案内をする。

 入行検査とは一体どのようなことを確認されるのか。想定できるのは身分の証明となる物の確認、そして魔力による善悪性の確認か。

 知性の高い魔族の中には人に化ける類の者もいた。そういった者を見分けるには魔力による鑑定で身体に流れる魔力の気が善性由来か悪性由来かを確かめる必要がある。

 人間なら善性、魔族なら悪性だ。

 この検査なら、人間である今、悪性が出て追い返されるなんてことはないだろうが。

 自分自身でも分からぬ身体だ。何が起きても一応対処できるようにはしておくべきだな。

 俺は自身の指先に魔力を集中させ、感覚を確かめる。

 この身体⋯⋯。魔王の頃に比べればやはり魔力の質も量も劣る。だが、人間にしては悪くはない。

 まだ結論は出せないが、この俺が転生する器としては及第点というところか。

 そうこうしているうちに俺の番が回って来たようだ。

 入国管理の役人が前に並んでいた者を送り出し、俺の方へ近づく。


「身分証はお持ちですか?武器や魔道具は?」


 事務的で手慣れた様子。役人の冷めた視線が機械的に俺の足先から頭の天辺までを流れるように向ける。

 やはり聞かれるか。


「見ての通り手ぶらの一文無しだ」


 俺は手を広げ武器や魔道具の類、その他所持品が一切ないことをアピールする。

 俺にすれば正真正銘嘘偽りのない事実だったが、それで大人しく入行を許可してくれるはずはない。

 手ぶらの旅人など怪しいだけだからな。

 役人の目が一気に警戒色に変わったのが分かった。隣にいたもう一人の役人に目配せする。もう一人の役人は頷き返すと一度中へ引っ込み、今度は手のひらサイズの輪っかを持って戻って来た。

 金色のリング、この気配⋯⋯恐らくは魔道具だな。


「証明書をお持ちでない方には、魔道具による検査を受けて頂くことになっております。どうかご理解ください」


 リングは一人でに浮遊し、俺の頭上で止まると淡い光を放ちながら巨大化し、俺の身体全体を囲うように上下する。

 すると、胸ポケットから何かが飛び出し地面に落下した。

 何だ⋯⋯?

 俺はそれを拾い上げる。


「特別入行許可証?!これはっ、失礼しました!!」


役人たちは一気に青ざめた表情になり、慌ててリングを回収すると、半歩下がる。


「お時間を取らせてしまい申し訳ございません!どうぞっ、お通りください!」


 良く分からんが、通れるならば良かった。

 町にすら入れないとなるとゲームをどうにかする以前の問題になるからな。

 しかし、この入行許可証⋯⋯。

 門をくぐった俺は薄い紙をかざし見る。

 当然今初めて存在を知った俺に身に覚えはない。ということはあの女神ということになるが⋯⋯。

 何も聞かされていないぞ。常識やらうんぬんを語るなら当然この許可証の存在も知らせておくべきだ。

 全く、嫌がらせのつもりか?

 俺は入行許可証を燃やしかけ、思い直しポケットに入れ戻す。

 燃やしてしまうと、また必要になった時に面倒だからな。


「おーい騎士の兄ちゃん!」


 第三ゲートの方から、荷馬車を引き男がやってくる。あちらも無事通れたようだな。

 元々この町出身の者であるようだし、然程時間も取られなかったようだ。


「早かったようだな。貴様はこれからどうするつもりだ」

「市場の裏で選果作業だ。店に出す用とうちに持って帰る用にわけなきゃならんでな」


 そういえば森を移動していた時に店をやっていると言っていたな。

 すると、町の中を白い軍服に身を包んだ男たちが歩いているのが見えた。

 男も気づいたようで、「おっ」と声を漏らす。


「ありゃ王立騎士団じゃねーか、あんたのお仲間さんだぜ。なんだ、あいさつしねーのか?」


 この男の感覚では知り合いに会えばまず挨拶をするものらしい。


「休暇中といったろう。誰が休みに好き好んで同僚に会わなければならない」


 適当にごまかしたつもりだったが、何故か納得してくれたらしく、男はそれ以上追及してくることもなかった。


 「貴様は市場に行くのだろう?ならばここで別れのようだな」


 騎士が奥に消えていくのを確認した俺はそう言った。

 念には念をだ。男の余計な発言で、俺が騎士だと偽ったことがバレると厄介だ。


「おう。じゃあなー兄ちゃん。良かったらまた中央市場の方にも来てくれよー」


 陽気にそう告げると、男はそのまま荷馬車を引き町の中へ進んでいった。

 肝心の『HELLCLOUD』について情報は得られなかったが、あの男との出会いだけでも収穫はあった。

 それは、この世界⋯⋯少なくともこの国一帯が平和であることの証明だ。

 100年後の世界。人間の視点から世界を見たことは当然ない。

 だが、記憶にある人間はいつも迫りくる死の危機に逼迫していた。死と隣り合わせの時間。

 守る者は剣を抜き、銃を構え、杖を掲げて俺たちに立ち向かってきた。

 守られる者は身体を縮こまらせ、恐怖に震えていた。

 その姿しか目にしてこなかった。

 しかし今目に映る光景は真逆だった。すれ違う人々の中身のない会話。耳に届く笑い声。

 誰一人怯え苦痛に顔を歪ませる者はいない。

 呆けた世界。平和ボケというやつだ。全くもって隙しか感じられない。

 女神は「武器としての魔法は衰退する一方」と言っていたがそれも頷ける。

 こんな腑抜けた世界では当然の結果だったと言えるだろう。

 もし今この瞬間魔族の暴動が起こりでもすれば、一日とかからずこの町は崩壊する。

 女神が魔王である俺を転生させてまで力を借りようとする理由が理解できた。


「あとは『HELLCLOUD』だな」


 本題ともいえるゲームについて。この町で何か情報が得られるといいのだが。

 そのためにわざわざ荷馬車に乗りやって来たのだ。

 俺は周囲に目を配らせつつ、町の中へ進んだ。

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