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5 町へ

「さて、これからどうするかな」

 

 ゲームを終わらせると宣言したはいいが、俺はまだ『HELLCLOUD』がどのようなゲームであるのかを話半分にしか知らない。

 まずは100年後のこの世界の状態とともにゲームについて詳しく知る必要がある。

 そして次に生活だ。いや、これは直近一番の問題となってくる。

 今の俺には帰る家もなければ、飯を買い寝床を得るための路銀もない。

 無一文の状態では、この軟な人間の身体ではそう長くは持たないだろう。

 だが、幸いここは森の中。鹿や熊くらいの動物ならいるかもしれない。木を伐り簡単な小屋でも建てれば当分雨風はしのげるだろう。だが、いつまでも文明から遠ざかった場所に拠点を置く訳にはいかないのも事実。

 

「ひとまずは森を出るか」


 金を得る手段を探さなければならない。全く人間という生き物は面倒だな。

 なぜ生きるために金などという存在が必要なのか。

 到底理解に苦しむ。

 ただ、不満を垂れたところで始まらないため、俺は渋々辺りを探索し始めることにした。

 歩いていれば獣や人間に出くわすかもしれない。運が良ければ出口に辿り着くかもしれないからな。

 全く、あの女神はどういうつもりで俺をこんなところに飛ばしたのか。


 木枝をかき分け森の中を進んでいく。

 かれこれ一時間ほど歩いただろうか、そこでふと気づいたことがある。ここまで比較的歩道の整備された部分を歩いてきたが、魔獣の類を一切見かけないのだ。

 空には鳥類、地面を這い、木に止まる虫や小動物などは先ほどから何度も見かけているのだが、魔獣は一度も目にしていない。

 俺がいた頃は森の中はヘルハウンドやコカトリスら大型モンスターを始めとする魔族の巣窟だった。

 俺の放った魔術水晶で多くの魔族を封印することに成功したとはいえ、全てではない。水晶には限りがあり、統制下にない魔王城から離れた地の魔族となれば封印から逃れている可能性もある。

 しかし、ここまでいないとなると、俺の死後魔族の一斉討伐が行われたか、それ以外の要因があるのか。

 これも『HELLCLOUD』と何か関係しているのだろうか。

 そんな疑問を抱いていると、前方からガラガラという音が聞こえてきた。

 音はみるみるうちに近づき姿を現す。

 荷馬車だ。茶毛の馬が荷台を引いていてこちらに走ってくる。その後ろに手綱を引きながら馬を走らせる御者の男がいた。

 後ろの荷台はこんもりと山ができていたが、大きな布が被せられていて何を積んでいるのかまでは分からない。

 ちょうどいい。あの男に色々と尋ねることにしよう。


「⋯⋯んぁ?おおっと!」


 間の抜けた表情から一転、馬車の行く道の真ん中に俺が堂々と立っているのに気づいた男は急いで手綱を引く。

 驚いた馬が跳ね上がり、馬車は俺の目と鼻の先、擦れ擦れのところで停車した。


「おいおい危ねーだろっ、そんなところに突っ立って。⋯⋯何だ?見たところ旅人には見えねーが、兄ちゃんもしかして遭難者か?」


 こんな森の真ん中で一人、しかも手ぶらでいる俺を不審に思ったらしい。じろじろと足の先から隅々まで俺を見ながら訝し気に言った。


「最近ここへ来たばかりでな。貴様の行く先に興味がある。俺を乗せていけ」

「乗せてけ⋯⋯って、そりゃあ別に構わねーけどよ。訳ありじゃないだろーな。俺は巻き込まれたくねーぞ」


 どこかの国か組織に追われている身であるか気にしているのだろうな。

 俺からすれば町へ連れて行ってもらえるならどう思われたところで構わない。


「安心しろ。貴様の思うような心配事は俺には当てはまらない」


 乗車の許可は得たため、男の気が変わらぬうちに荷台に上がる。

 無論、仮に断られていた場合は少々手荒な真似をしてでも乗りこむつもりだったが、手間が省けたようで良かった。

 自分の実力が不透明なうちからあまり下手な手段は取りたくなかったからな。

 

 森の中を馬車が行く。

 通りすがりに先ほどまで見かけなかった鹿や狼がいるのが遠くに見えた。それに人間たちも何人か通り過ぎた。奴らはどうやら狩に来ていたらしい。背中に猟銃を背負い、ナイフを携帯しているのが通りすがりに見えた。

 かくいう馬車を引くこの男も森の奥に収穫に来ていたようだ。

 荷馬車に山のように積まれているのは全て山菜や木の実で、月に何度かはこうして足を運び市場で売り、一部を家に持ち帰り自分で調理したりして暮らしていると男は言った。

 すると、男は荷馬車の上で貰った木の実を齧っていた俺をちらと振り返り⋯⋯


「ところでよ、兄ちゃん。あんなところに突っ立ってて、あんた何者なんだ?見たところ中々上等な服を着てるようだが」


 そこには卑しさは感じられなかった。ただ単純に俺の素性が気になっているだけのようだ。

 

「ふん、誇りに思え。貴様が今乗せているのはかつてこの世界を支配したま⋯⋯」

「ま⋯⋯?」

「いや、この世界を守る騎士だ。今は休暇中でな。気晴らしに散歩をしていた」

「ほー騎士様か!そりゃご立派だ!あんたら騎士様のおかげで俺たちみたいな平民が平和に暮らしてけるわけだからなー」


 国家の治安を担うのが騎士の役割。それは100年前も今も変わらないようだ。

 ただ、俺が魔王だった頃は国家の王を守る直属の守護機関という趣旨が強かったが、それは魔族の侵攻が激化し、国家全土にまで騎士の守護範囲が及ばなかったためだ。

 魔王が滅ぼされた今、騎士は国家全土を守る機関として再びその役割を果たし始めた。


「いやあ、そんな騎士様をうちの荷台に乗せられる日が来るなんてなぁ。そこにある木の実は好きなだけ食べて貰って構わねーからな!」


 ふむ。騎士とやらはなかなかに持ち上げられているようだな。気位ばかり高い弱者のイメージがあったが。

 変に疑ってかかられるよりかはマシだ。

 それに、今ならどんなことでも聞けば答えてくれそうだ。

 そこで、俺は本題に切りかかることにした。


「おい、貴様、『HELLCLOUD』という名のゲームを知っているか?」


 女神からは老若男女に愛される大流行ゲームと聞いているが果たして。


「ヘルクラウド⋯⋯?あーっ、今流行ってるカードゲームのことか!そりゃあどこもかしこも『HELLCLOUD』だってんで、知ってはいるがよ。俺はそういう子供っぽい遊びには興味なくてなー、名前だけでルールもろくに知らねーよ」


 どうやら100年後の世界の人間全てが『HELLCLOUD』に熱中しているわけではなさそうだ。

 やはり詳しく知るには町に出て多くの人間に会う必要があるな。

 これ以上『HELLCLOUD』についてこの男から聞き出せることはないと判断し、以降は時折世間話を挟むくらいで大した話もなく、馬車は森の中を進んでいった。

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