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4森の中

 ピィピィとのどかな鳥のさえずりが聞こえる。

 首筋を撫でる柔らかな風と草木の匂い。

 どうやらここは森の中のようだ。

 視界一面に木々が生い茂り風に吹かれ揺れている。

 どこにでもある森のように思える。これだけでは、ここが100年後の世界であると確信はできないな。


「ん⋯⋯?」


 徐々に明瞭になる意識と手足の感覚に先ほどとは異なる違和感を覚えた。

 俺は手の甲と手のひらを順に見て、指を動かしてみる。次に地面につく足を観察する。

 死んだ時とは違う服装だった。黒く艶のある素材で作られたズボン。上は通気性の良い真っ白な襟付きのシャツを着ていた。いつの間に着せ替えられたのか。

 だがともかく俺はその違和感の正体に気づいた。

 俺が俺ではなくなっていたのだ。

 服装の違いなどは些細な事。問題はそんなことではない。俺自身の身体が、既に俺の知る身体ではなくなっていたのだ。

 シャツを軽くめくり肌に直接触れてみる。程よく鍛えられ、筋肉はついているがそれでも柔らかい。肌も白く、腕などは細く、簡単に折れてしまいそうだった。

 身長も低くなっているように感じた。

 地面との距離が近い。生きていた頃は3メートル近くはあったことから考えてもこれではせいぜい180センチほどしかないだろう。

 

「ふっ。なるほどな」


 どうやらやってくれたようだな、あの女神は。

 思わず笑いが込み上げてくる。そこで声も異なることに気づいた。

 鏡があればもっとしっかりと確かめることができるのだが。

 ないものを望んでも仕方があるまい。

 ともかく、事実ははっきりしている。


 俺は人間として転生させられたらしい。

 俺への当てつけか、牽制でもしているつもりなのか。再び俺が魔王として力でねじ伏せる未来は奴らの手によって封じられてしまったわけだ。

 恨みではないとは言っていたが、俺は人間への脅威そのもの。魔王の姿のまま転生させるはずはないのは当たり前だが⋯⋯。


「ふむ。案外悪くないかもしれないな」


 これはこれで面白い。この人間の身体でどこまで出来るのか、試しがいがある。

 まず肝心なことは魔法が使えるのかという点だな。

 元のようにとはいかないかもしれないが、まさか他の人間に劣るようでは仮にも元魔王の名が廃る。


「もしもーしっ」


 その時、木の上で何やら声が聞こえた。

 見てみると、声を発したのは鳥だった。木の枝にとまり、言葉を発する白い鳥。しかし声には聞き覚えがあった。


「何かと思えば、女神か」


 すると鳥は羽を羽ばたかせてピョンと飛び立つと俺の傍まで降りてきた。


「鳥の身体を借り、天界からあなたに話しかけています。あまり長時間は出来ないので手短に済ませましょう」


 天界で言っていた説明の続きとやらか。

 本当に時間がないらしく、女神は重要な点をかいつまみながら100年後のこの世界について説明を始めた。これから人間としていきていく上で不可欠な一般常識とやらもご丁寧に合わせて。


「——ひとまず伝えておくべき事は以上です。あなたは魔王ですが、今や人間。魔力や身体能力、寿命も、魔族の長であったかつてのあなたとは異なります。そのことを理解し、くれぐれも自分は元魔王だなんてことは口走らないようにお願いしますよ。そして、私たち女神の存在も決して口外しないようにしてください。あと、転生者や神器武器のことも⋯⋯」

「分かった分かった。天界で見聞きしたことは他言無用。みなまで言わなくとも理解している」


 余程の心配性か、それほどまでに秘匿すべき情報であるのか、恐らくはどちらもだな。

 俺は女神の忠告を遮り、他言しないことを約束する。

 初めからメリットのないことはするつもりがない。自分が魔王であることや女神のことを教えれば魔族たちが全員解放され即座に目的が達成されるならば話は別だが、そう事は上手く運ばないだろう。

 それに、無駄な事を不必要に風潮して回るのは好きではない。女神の心配は今のところ杞憂というわけだ。


「お願いしますよ。私がサポートできるのはここまでです。あとはご自分の力で対処してもらわねばなりません」

「もとより貴様ら神の手を借りるつもりはない。俺は自分の力で我が同胞たちを救う」


 魔王としての力を失い人間として転生してしまったことは手痛いが、遠回りになっただけに過ぎない。

 この程度の障害を乗り越えられないでどうする。


 女神はまだ何か言いたげではあったが、時間はもう残されていないようだ。

 はぁとため息を一つつき、「期待しています」と感情のこもっていない声で言う。


「元魔王ヴィリグヘルム。願わくば、あなたが『HELLCLOUD』をその手で終わらせ、人類の未来を救ってくださることを遠く離れた天界より祈っています。ではまた、あなたが今度は人間として死んだ時にお会いしましょう」


 そう言い残し女神、いや鳥はピィと鳴くと何事もなかったかのように飛んでいってしまった。


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