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3『HELLCLOUD』

 嫌な予感というものは鬱陶しくなるほどに当たるものだ。

 なるほど。概ね予想はついた。

 先ほど見せられたあの鏡の映像と女神の口ぶりから察するに、どうやら俺の魔術水晶板が人間共によって良からぬ方向で利用されているようだ。

 俺は長々とした話が好きではない。さっさと結論から話して欲しかったが、女神は順を追って話すタイプのようだ。女神の言った通りここはこいつらの領域だ。逸る気を抑え大人しく話を聞いてやることにする。

 

「魔族討伐のため、人間の魔法文明は驚くべき速さで発展してきました。次々に新たな魔法が開発され、元から存在した魔法はより強力なものへ改良されていきました。攻撃を目的とする魔法以外にも、生活を豊かにするための魔法も同時に発展していき、もはや魔法で出来ないことはない。そう思わせるほどに、人類の魔法文明は我々も予測できないほど目まぐるしい勢いで進化していったのです」


 それが自分たちの誤算の1つだと女神は言った。


「そして2つ目の誤算があなたの水晶板です。あなたの死後世界中に広がった水晶板は結果的に人間の手に渡りました。水晶の中に魔族が封印されていることを知った人間たちは、初めは魔族の封印された水晶を恐れ、破壊しようとする者や、手放そうとする者が殆どでした。しかし時の流れとは恐ろしいものです。

 やがて水晶板から魔族を召喚し、従えようとする者が現れました。初めは農作業や開拓、荷物運びなど労働のための奴隷として扱われていましたが、次第に自分たちが所有する魔族を競わせるようになったのです」


 魔術水晶板の多くは研究者の手に渡り、発展した魔法技術で改良され大量に複製された。

 生活用魔法の普及により、奴隷としての魔族の運用を必要としなくなった。その代わりに、人間の娯楽のための道具となってしまったわけだ。


「それが『HELLCLOUD』。あなたの水晶板を元に生み出されたゲームの名前です」


 『HELLCLOUD』——女神が言うには、俺が放った魔術水晶板を元に幾度という改良と複製の末、100年後の未来で大流行中の召喚バトルゲームのようだ。

 俺の魔道具に人間の分際で手を加えるだけに飽き足らず、同胞たちを遊戯の道具にするとは⋯⋯。

 どうしようもない怒りと嫌悪感、殺意が湧いてくる。

 シキマ・ケイ。俺を倒したあの勇者が救おうとした人類は、奴が生きたその先の世界がこんなことになっているとはな。


「暴虐の魔王が討ち滅ぼされる時、魔王は死に際に仲間を封印するために魔道具を世界中に放つ。そしてその魔道具は人間の手に渡りゲームへと変わる。この二つの事象は、あなたが魔王として君臨する何百年も前から定められた未来でした。私たちは人間の技術の発展がヘルクラウドを生み出すと結論付け、一刻も早い段階であなたが倒されることを祈り勇者を送り続けていたのです」


 全ては俺の魔術水晶が悪用されることを食い止めるためだったと女神は言った。


「できればもっと早く。人類の魔法文明がこれほどまでに発展してしまう前に、あなたが倒されることを願っていましたが、あなたは私たちが予想していた以上に強かった。これが3つ目の誤算です。おかげで数多くの神器級の武器を手放す羽目になりました。ほんとに、反省してくださいよっ」


 腰に手を当て頬を膨らませる女神。女は怒っている時は必ずこのポーズを取らなければならない生き物なのだろうか。

 魔王城にいた頃、秘書官だった女が今の女神と同じように怒っていたことを思い出す。

 何も告げずに外出してはよくこんな風に叱られたものだ。俺は魔王だと言うのに、まるで人間の母親のようだったな。

 死んでもなお鮮明に思い出せる。

 そのまま懐かしい記憶を辿り感傷に浸っていた俺は、ゆっくりと目の前の鏡に触れる。

 そして——


「なっ?!」


 女神が声を上げる頃にはもう遅かった。

 冷たいその表面に触れた俺は少しばかり強く指先に力を込める。パリンといとも簡単に破片が床に散らばった。


「一体何をするんですか!それも大切な神器級の⋯⋯!」


 怒る女神の言葉を遮り、俺は手のひらの割れた鏡を握りしめる。

 紅い血が泉のように手の中で溢れて零れた。

 

「お前たちの願いを言え。俺をここへ呼んだ目的を、そして俺に何を望むのかを」


 女神は突然の自傷行為と質問に困惑を見せた。だが考えても仕方がないと判断したのか、胸に手を当てると冷静さを取り戻すように一呼吸する。


「あなたに望むことはたった一つ。『HELLCLOUD』を終わらせてください」


 全ての引き金として、自分の手で食い止めろと。

 ここに来た時にそんなことを言われていれば、確実に俺は拒否していただろう。

 俺のしたことで結果がどうなろうとも、俺の知ったことではないからだ。

 それに、こいつらの頼みを聞いてやる義理もない。

 だが、ヴィーヴルにカリスアーミラ。

 我が同胞たちが人間共の手に落ちている。そうと知れば話は別だ。


「いいだろう。これを因果応報というならば、再び俺がこの手で終わらせてやる」


 人間たちを恐怖の底に陥れ、魔族の世界を作り上げたことへの報復であるならば、答えは1つだ。

 再びこの俺が全てを手中におさめればいい。

 ただ、この女神がそれを許すかは分からないがな。

 願いを聞いてやるというのに女神の顔は険しい。さっきまでの笑みはどこへいったのやら。


「言いたいことは沢山ありますが、あまりゆっくりしている時間はありません。人間界の時間はあっという間ですから」


 女神は純白の衣装を翻しそのまま歩いていく。

 僅か五歩ほど進んだところで女神は立ち止まると何かを開くように両手を広げる。

 すると、先ほどまでは無かったはずの光の扉が現れた。扉の奥はさらに眩い光に包まれていてその先は見えない。


「詳しいことはまた後ほど。さあこの扉をくぐって下さい。この先で待つのはあなたが勇者に討ち取られた100年後の世界です」


 つまり、『HELLCLOUD』流行の真っ只中というわけだな。

 俺は鏡の破片を塵へ変えると空中へ手放し、扉へと近づく。


「これが、お前の性質の悪い冗談ならば良いのだがな」


 直前で立ち止まると、俺は女神の方に試すように視線を向ける。


「扉の先の世界を見れば私の言ったことが嘘偽りない現実だと理解できます。あなただって、分かっていたからあれほど憤慨していたのでしょう?」

「ふっ、冗談だ」

 

 少しは俺を嵌めるための手の込んだ罠である可能性も捨て切れなかったが、この女神の話が事実であることはまず間違いないだろう。

 俺は女神に急かされる前に行くことにした。

 光の中へ足を踏み出す。その感触はどこまでも軽い。本当に地面を踏んでいるのか疑問を抱くほどには。

 身体がふわりと宙を舞っているようだ。しかしそんな感覚は僅か一瞬のうちに終わってしまった。

 視界を覆いつくす真っ白な光がヴェールを持ち上げるように波うつ。

 手足の感覚が消え、意識が薄れていくような感覚がした。死んだ時とは違う。自分という存在が粉々になって消失するかのような感覚だ。

 

「魔王ヴィリグヘルム。あなたを再びあの世界へお連れしましょう。さあ、目を開いて」


 ずっと遠くから女神の声がした。気のせいかとも思えたその声に従い、俺は瞼を開いた。

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