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2 元凶

 純白の衣装に身を包む女は体から光を発していた。

 妙に明るく感じたのはこの女が発光源になっていたからか。

 何もないただ明るいだけのこの空間には目の前の女と自分の二人しかいないようだ。


「誰だ」


 必要であればすぐにでも攻撃態勢を取れるよう魔力を指先に集める。

 それに気づいてか、女は「はぁ」とため息をつく。


「全く魔族ってどうしてそんなに攻撃的なんでしょう。無駄ですよ。いくらあなたでもここで魔法を放って勝ち目はありません。ここは天界。私たち女神の領域ですから」

「天界だと?」


 そこで俺はようやくはっきりと記憶を取り戻した。

 そうだ。俺は確かに死んだ。勇者に討たれ、そしてここへ来たのか。


「なるほど。死んだら地獄行きかと思っていたが⋯⋯あの男の願いは叶えられなかったようだな」


 数十年ほど前、血反吐を吐きながら俺に立ち向かってきた勇ましき男を思いだす。四肢をもがれても最後まで絶望を見せなかった。あの時代では稀有な男だった。


「うーん、それは半分不正解ですね。正確には死者が最初に訪れるのが天界で、そこで地獄行きか天国行きかを決めるので⋯⋯まあ細かいことはおいておきましょうか」


 女はこほんと息を整えると改まったように微笑む。先ほどと同じように、すべての悩みごとその者を包んでくれそうなほど穏やかに。


「改めまして、ようこそ魔王ヴィリグヘルム。私の名はアストレア。勇者に討伐され、長き生を終えたあなたを導く女神です。まずはあなたがここへ辿り着いて下さったことに歓迎と祝福の言葉を送ります」


 純白の手袋をはめた手を胸に当て首を垂れる。優雅でいてとても洗練された所作だ。


「⋯⋯歓迎か。先ほども同じようなことを言っていたな。それほどまでに、人間に害をなす魔族の筆頭である俺は疎ましく思われていたらしい」


 何千年も何万年も昔。魔族がまだ存在していなかった時代。

 人間という知的生命を生み出したのが神とやらだ。

 ならば、自分たちが生み出した愛すべき人間に仇なす魔族の王である俺を厄介に思うのも当然だ。

 そうすると色々と不可解な事象にも説明がつく。


「稀に現れる奇妙な名を持ち、規格外な武器、スキルを有する者。それらを送り込んでいたのが貴様ら神か」


 女神は驚くことなく代わりに微笑を浮かべる。癖なのか、そうしろと言われているのか、先ほどから笑みを浮かべてばかりだな。

 笑顔を向けられることは特別嫌いなわけではないが、こうも繰り返し向けられていては不愉快に感じる。


「確かに。彼らを送り出していたのは私たち天界の女神です。信じられないかもしれませんが、あなた方が生きた世界は無限に存在する世界の一つで、他にも人間が生きる世界はいくつも存在するのです。彼らは魔法という概念のないとある世界で死んだ人間でした。

 そんな彼らに魔法という力を与え、魔王を倒すように誘導しました。私たちはあなたがここへやってくる日を待ちわびていたのです。ですが、それは私たちが人間の創造主であり、可愛い我が子を殺された恨みで復讐しようとしたからではありません」

「⋯⋯どういうことだ?」


 女神の言うことに要領が得ない。

 女神はパチンと指を鳴らした。

 すると何もない空間から1枚の鏡が現れた。金のフレームの鏡は霧を映している。


「まずはご覧いただいた方が早いですね」


 霧は次第に晴れ奥に人影が現れる。

 岩だらけの空間に立つ2人の人間。彼らは30mほどの距離を空け向かい合っていた。その手元には5枚の薄い水晶板。

 あれは⋯⋯!


「なっ、何故人間がこれを持っている?!」


 俺は鏡に掴みかかる。当然ながら別空間の様子を映し出し、見せるだけの鏡をどうこうしたからと言ってどうにかなるわけではない。

 しかし俺はそうせざるを得なかった。

 なぜ、どうして、どうやって。

 頭の中を疑問符が浮かびあがっては、その度に目の前の状況が理解ができず怒りが込み上げてくる。


「見覚えがあるようですね」


 俺は女神の方に振りかえる。


「これは俺が魔族たちを守るために放った魔術水晶板だ」


 見間違えるはずがない。

 死を悟り、せめて今生きる同胞たちを人間の手から守るために俺が作り出した魔道具だ。

 鏡に映る人間が持つ者はそれよりもずっと薄く、凝った装飾が施されているが間違いない。

 魔道具は魔法を宿すものだ。触れずとも封印系の魔法が宿っていることはわかる。

 あれは間違いなく細工された水晶板だ。


 それが何故?

 女神は視線を鏡の方へ移す。

 見ていろということか?

 今すぐ問いただしたい衝動を押し殺し、再び鏡を見る。

 

 5枚の水晶板を持った人間は手元の水晶板のうち一枚を取ると眼前に掲げる。

 そして唇を動かし何かを言った。その次の瞬間だった。水晶板から黒ずんで濁った光が溢れ、光の中から巨大な竜が現れた。

 闇色の堅い鱗、鉄のように鋭い牙。宝石のように煌めき見る者を捉えて離さない深紅の瞳。


「ヴィーヴル⋯⋯」


 今の俺の表情を見て、俺が魔王だという者はおそらく誰もいないだろう。呆気にとられ、威厳も魔王たる風格もなくただ唖然とした。

 怒りを抱く以前に訳が分からなかったのだ。

 こいつらが、鏡の中の人間共が何をしているのかが。


「あなたのおっしゃる通り、この者たちが手に持っているのは確かにあなたが作り魔族を封印するために放った封印の魔術水晶板です。ですがそれ自体ではない。このことは今のあなたでもお判りでしょう」


 鏡の中の竜が叫ぶと岩の地面が激しく揺れた。

 しかしそれだけでは終わらない。再び人間の男が手元から水晶板を1枚取り掲げると、今度は何色でもない淡い光が放たれる。

 次の瞬間に現れたのは灰色の髪の少女だった。

 伏し目がちで眠たげな紫の瞳に、触れれば壊れてしまいそうなほど華奢な身体。


「カリスアーミラ。魔王ヴィリグヘルムの配下の魔族ですね」


 俺がその名を呼ぶ前に女神が言った。

 封印から解き放たれ岩の大地に降り立ったカリスアーミラは小さな口を開けてあくびをすると真っ白な指を正面のもう一人の人間の男に突きつける。

 カリスアーミラが何かを呟くと、その指先から幾重にも魔法陣が現れ魔法陣の中心から大剣が放たれた。勢いよく飛び出した剣は真っすぐに前方の男へ向かう。


 だがその剣が男の身体を突き刺すことはなかった。防壁に妨げられたように剣は男の手前で何かに衝突すると粒子になって消滅する。それと同時にガラスの破片が飛び散った。

 アーミラが人間を攻撃した。水晶板から呼び出され、男の命令を聞いたのか。

 目の前の人間を攻撃しろとこの男がカリスに指示したのか?

 状況を理解しようと鏡が映す光景に食いついていると鏡は突然真っ暗になった。


「おい、どういうことだ?」


 これをわざわざ見せてきたということは当然、この女神は鏡に映されていたあの状況を知っていたということだ。

 いや、俺も薄々は理解しているのかもしれない。だがそれでは、理解しつつあるこの考えが事実であることを認めてしまっては、自分がどういう行動に出てしまうのか想像に難くない。そしておそらくその行動をこの女神は認めない。そして、既に死んでいる俺に行動を起こすことはできない。


「⋯⋯っ」


 そういうことか。

 女神は寸分違わぬ微笑を浮かべこちらを見ている。だがそこに僅かな怒りが混じっていることを俺は見逃さなかった。


「我々は貴方が早く天界へ来ることを望んでいました。天界に住まう者である我々は、たとえ自分たちが作り出した世界であっても、そこに住まう者の生死に直接干渉することはできません。そのため我々は貴方を倒せるほどの力を持つ人間を転生させ、長い時を待ち続けました。一刻も早く貴方が討ち滅ぼされる、この時を」


 初めて、真剣なまなざしで女神は俺を正面から見つめる。


「その理由は俺が人間の敵である魔族の王だから、ではないんだったな」


 女神は頷く。


「あなたを一刻も早くこちらの世界へ迎え入れたかった。その理由は先ほど鏡でご覧いただいた映像にあります。魔術水晶板。貴方が放ったこの魔道具は貴方の思惑通り、世界中に散らばる多くの魔族の元へ届き魔族達が封印されました。

 しかしこのあなたの行動がすべての元凶だったのです」

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