18 相部屋
前回の特別支援金の額を変更しました。
50万はキリが悪いので100万にアップです。
宿屋『シキマ』——赤茶色の木製看板に書かれた名前は、もしかしなくともあのシキマ・ケイから取られているのだろう。
本当にこの町はどこもかしこも勇者ばかりだな。
ソル曰く、この宿屋『シキマ』もかつて勇者シキマ・ケイが宿泊したことで名を変えた店の一つだそうだ。
連日世界中から観光客が訪れ、賑わう人気の宿屋のようだ。
受付ロビーに置かれた勇者の胸像と直筆サインに群がる人間共を横目に俺はうんざりとため息をついた。
「申し訳ございません。ただいま全部屋埋まっている状態でして⋯⋯」
手元のパネルを操作していた受付嬢が顔を上げ、申し訳なさそうに言う。
ケルバンにある宿屋はこの『シキマ』を合わせて三件。
そのうちの一つは貴族御用達の高級宿で、一泊で何十万ロントもするのだという。
いくら金を手に入れたとはいえ、そんな所に泊まれば一瞬で財布が空になる。
「貴様はいつも何処で寝泊まりしている?」
ソルはこの町に来て一か月だと言っていた。
まさか、そんな長期間町の中で野宿をしていた訳はないだろう。
ゆく先々で声を掛けられる程なのだから、町民の家や店で寝泊まりしている可能性もあるな。
「別の宿で部屋を取っています。でもそこは元々部屋の数が少なくて、もしかしたら埋まっているかもしれないですが、行ってみましょうか」
と、頭を下げる受付嬢に見送られながら俺はソルの宿泊する宿屋へと向かう。
——宿屋『山栗亭』——
ソルの言う通り、こじんまりとして年季の入った宿だが、泊まる分には何も問題はなさそうだ。
三つの宿で最も宿泊料が安く店主も気さくで旅人や冒険者に人気の宿のようだ。
「おーソルちゃんお帰りぃ。お友達かなぁ?」
入るなり俺たちを迎え入れたのは、受付で煙草をくわえた女店主。
年齢は三十代くらいだろうか、広げた新聞から目を放してこちらを見るなり、のんびりとした口調でそう言った。
「ベンテさんただいまです。宿を探していたんですが、『シキマ』の方が満室で、まだ空いてる部屋はありますか?」
ソルとこの女店主は仲が良いようだ。
砕けた様子でソルが尋ねると、女店主は「あー」と小さく呟いて、後ろにいた俺をジロジロと見てくる。
何だこの女は⋯⋯。
「へえぇ、なかなかいい男じゃんねぇ。でも生憎、うちも満室なのよぉ」
町に来てからというもの、ずっとこの宿で寝泊まりしていたソルは、聞く前から答えは分かっていたようだ。特に驚くこともなく、その代わりに困ったように「うーん」と唸った。
「どうしましょうか。他に宿泊できる場所となると、『リ・プレア』くらいですが、流石に高すぎますし⋯⋯」
うーんと頭を悩ませるソル。
『リ・プレア』」という高級宿がどうかは知らないが、この調子では満室になっている可能性が高い。
観光名所とは聞いていたが、余程人気なのだな、この町は。
と、そんなことを思っていると⋯⋯、
「ソルちゃんの部屋に泊めてあげたらぁ?」
と女店主ベンテがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて言った。
「うえぇぇっ!? そ、そんなっ一緒の部屋なんて!! ベッドだって一つしかないですし!!」
「一緒に寝たらいーじゃん。君たち若いんだしぃ」
「若いは関係ないですよぉ!!」
これ以上なく楽しそうな女店主に対してソルはブンブンと首がもげそうな勢いで首を振る。
それどころか⋯⋯、
「ヘルさんも嫌ですよね!? 私と一緒の部屋で、そのっ⋯⋯寝泊まりだなんてっ」
言っていて恥ずかしくなったのか、視線を下方に逸らしながら顔を赤らめて言う。
だが、俺には何故そこまで恥ずかしがる必要があるのかがさっぱり分からなかった。
俺からすれば、ソルと同室で寝泊まりすることよりも、宿無しで野宿する方が大問題だからな。
「いや、特に何も思わない」
「ええっ!?」
特に思うところもないのでそう答えたが、ソルは「本気ですか!?」と目を丸くさせる。
「ほーら良かったじゃーん。じゃあ決まりってことでぇ」
「何も良くないですよぉーっ!!」
宿屋の主であるベンテがパンと手を叩くと、ソルは涙目でそう叫んだ。
その様子を横目に、ベンテに料金を尋ねると「特別に宿泊費はなしにしといてあげるよぉ」と言われた。
ソルの連れてきた客人で、おまけに既に埋まっている部屋に泊まるので追加料金は必要ないとのことだ。
手洗い風呂場は備え付けで食事は一階にある食堂だと簡単に案内される。
「ごゆっくりぃ」
のんびりとした口調で見送られ、不平を漏らすソルを連れ、部屋へ向かうことにした。
「いつまで落ち込んでいるつもりだ?」
併設された食堂で夕食を食べ終えると、二階に上がり、部屋へと戻ってきた。
ベッドが一つと、壁際に書き物机、そして手洗いと風呂場が備え付けられているだけのこじんまりとした質素な部屋だ。
一人で寝るには十分だが、二人で使うとなれば少々手狭なベッド。
俺はそこに座りながら、隅の方でまだグズグズ言っているソルに呆れながら言った。
「落ち込んでるって訳じゃないですけど⋯⋯。だって、ヘルさんは平気なんですか?」
「何がだ?」
チラチラとこちらを見ながら歯切れの悪いソル。
酒場や町を歩いていた時のあの調子はどこへいったのやら。もはや見る影もない。
「その⋯⋯か、仮にも今日あったばかりの相手と、⋯⋯それに、ヘルさんは男の人で、私は女⋯⋯ですし⋯⋯」
何か大きな理由があるのかと思えばそんな理由。
拍子抜けもいいところだ。
「先ほども言ったが、俺は貴様と同室である事には何も感じていない。そもそも、他に泊まる場所がない以上、俺には選択肢がないからな」
野宿か相部屋か、二つに一つの状況でこちらの方を選んだのみ。
それ以上でもそれ以下でもない。
しかしソルはそれでも納得できていないようだった。
もしや、俺が何かするとでも思っているのだろうか。
もしそうならばお門違いというものだ。その考えは直ちに正す必要がある。
良からぬ誤解は魔王としての沽券に関わる。
「貴様、まさかこの俺が貴様に何かしようと企んでいると思っているのか? ならば安心しろ。
俺は貴様のような女には一切興味がない」
「なっ!?」
本心であり、多少は気が落ち着くかと思い言ったつもりだったが、当のソルはそうは受け取らなかったようだ。
卒倒するのではないかという程に顔を真っ赤にさせ、今度は怒り始めた。
まったく忙しない女だ。




