15 モンスターカード と フィールドカード
ポトンと何かがテーブルの上に落ちた。
「あるじっ⋯⋯さまぁっ」
少女は泣いていた。泣きながら俺の手に触れていた。
だが俺はその少女の事を知らなかった。
だから⋯⋯
「誰だ、貴様?」
重ねられた手を引っ込め警戒の視線を送る。
すると少女は一瞬目を丸くして、悲しそうにほほ笑んだ。
俺はその少女の姿を観察する。
ボロボロの薄汚れた布切れを身に纏い、手入れのされていない髪はすっかり痛んで絡み合っている。
なるほど、その少女は奴隷だった。
酒場に酒でも飲みに来た主人に連れられここへやって来たのであろう。
そうでなければ奴隷がこんな場所にいるはずはない。
平和な世界になったというのに、人間はいまだに奴隷を解放していないようだな。
魔族との争いが激化していた頃にも奴隷制度は健在だったのだから仕方がないか。
「⋯⋯っごめん、なさい」
空に触れていた手をパッと引っ込めると、少女は頭を下げて酒場の奥へと走って行った。
傷だらけの足首についた枷を痛ましく鳴らしながら。
幻覚でも見ていたとするのが一番納得できる理由だろうな。
虐げられる毎日に光を失っていた中、かつての主人に背格好の似た人間をその主人と見間違う。
度々耳にする話だ。
「⋯⋯」
俺は去っていった少女の背中から視線を外し着席する。
「知り合いか?」
そう尋ねてきたゲインに俺は首を振り答えておく。
「いや、全く知らないな」
そう返すと、カードを再び眺める。
しかし今度は胸の内から激情が溢れかえることはなく、自然と怒りは収まっていた。
予想外の事で気が逸れたのだろう。
俺は冷静さを欠き自分を見失いかけた事を恥じるように嘆息する。
ゲインはゲインで、先ほどまで俺が憤慨していた事は全く気にしていないようだ。
気を取り直すように両手でテーブルを突き前のめりになる。
「さ、話の続きだ!」
「————ってな訳だ! どうだ? 少しは『HELLCLOUD』にも興味が湧いてきただろ?」
「どうだろうな」
適当にはぐらかしておく。
だが収穫は大きかった。
この男に聞いたのは正解だったようだ。
「そういやあんた、カードが欲しいって言ってたよな?」
「ああ、言ったな」
『HELLCLOUD』について知ろうというのに、肝心のカードが無ければ何も始まらない。
現物があるだけで分かることも多いだろうしな。
「ここにあるのは貴重価値は高いが実際にゲームで使えるものは少ない。
そこでだ、あんたにはコレをお勧めする」
すっかり俺を商売相手と認識しているゲインはそう言って、バッグから何かを取り出す。
「世界中を渡り歩く『HELLCLOUD』バイヤーである俺が厳選した "初心者でも勝てる" デッキだ! 第二段から第四弾のちょっとばかし古いカードを中心に入れてるが、今でも十分通用するカードばかりを揃えてある。⋯⋯まぁ大会に出るような猛者相手には流石に厳しいがな」
勢いよく置かれるデッキケース。
音の軽さからして、枚数は十枚程度だろうか。
受け取り中のカードを取り出して見ていく。
⋯⋯当然と言えば当然だが、やはりこの中にはオリジナルはないようだ。
だが、先ほども思った通り、初期に出たパックには “本物” が多い。
いや、この言い方は適切ではないな。
正しくは、”複製された魔族″《コピー》 たちだ。
しかし、カードをめくっていくうちに、他とは明らかに違う異質なカードが入っていることに気づいた。
カードに描かれているのは色鮮やかな背景のみで、そこに他のカードのような魔族の姿はない。
「何だこれは?」
二枚あったうちの一枚を取り上げる。
ゲインが「どれどれ」と腰を上げたのでカードの表を奴の方へと向けてやる。
「あー、《フィールドカード》だな」
「⋯⋯フィールドカード? 何だそれは」
ゲイン曰く、『HELLCLOUD』のカードは大きく分けて主に二つに分類される。
そのうちの一つが《フィールドカード》であり、もう一つは《モンスターカード》と呼ばれるものだ。
《モンスターカード》とはオリジナルやコピーを含む魔族の描かれたカードの事を指す。
つまり、魔族を召喚し戦わせる事が出来るカードだ。
対して《フィールドカード》では、魔族を召喚することは出来ない。
では何に使うのかと言うと、その名の通り、フィールドを展開するために使う。
「《フィールドカード》は使用者が自由にゲームをプレイするための空間を作りあげることのできるカードだ。例えばコレ、《深海王宮アトランティス》。このカードを使えば、たちまちあんたは幻想と神秘の深海の中だ。
もちろん本物の深海に飛ばされる訳じゃない。あくまで仮想空間をその場に展開させるための雰囲気作りのカードだな。まぁ細かく言えばそれだけじゃないんだが⋯⋯、初心者に言っても頭がこんがらがるだろうしな。今は止めとこう」
ゲインの説明をまとめると、《モンスターカード》を使えばモンスターが召喚できる。《フィールドカード》を使えばフィールドを展開することが出来る⋯⋯ということか。
ならば、《フィールドカード》を使えば、大体このイメージイラストに近い空間になると考えていいのだろう。
なかなかに凝ったゲームだな。
手のひらほどのサイズのカードに広がる神秘的な世界を見て、俺は人間の想像力の凄まじさに驚いた。




