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11 ただ待っているだけのこと

「ふーっ、満腹満腹。です~」


 膨れた腹をさすり満足そうにそう言う少女。

 見事定食を平らげデザートも食したことで満足したようだ。


「あぁ、そういえば。お互い自己紹介していませんでしたね」


 食事を終え、店を出る前に一息ついていたところ、ふと少女が言った。

 全く気にしていなかったが、言われてみれば俺は自分の名を名乗ったことも、少女の名を聞いた覚えもなかった。


「私はソル。ソル・ランテシアです。あなたのお名前は?」


 名前⋯⋯か。

 魔王としての名はもちろんある。

 ヴィリグヘルム。魔王として長きに渡り世界を支配し、魔族を従えてきた俺の名だ。

 だが、人間として転生した今、この名を使う訳にはいかない。

 そうだな⋯⋯。

 俺は考えを巡らせる。俺の返答を待つ少女——ソルの期待の眼差しが一心に俺に注がれる。

 そこで、俺は頭の中に降ってきた名を呟いた。


「——ヘル」


 ヴィリグヘルムの名を捨てるつもりはない。

 『HELLCLOUD』を終わらせる者として、魔族の王たる魔王として、この時代で人間として生きるための新しい名前。

 安直かもしれないが、しっくりくる名だ。


「ヘルさんですね!カッコいい名前です!」


 酒は飲んでいなかったはずだが、やたらとテンションの高いソル。

 俺は特にその褒め言葉には反応せず店員に注いでもらったばかりの水を飲んだ。

 すると、近くのテーブルから何やら騒がしい声が聞こえてきた。

 

「何だ⋯⋯?」


 軽く視線を向けて見ると、多くの男たちが集まり、その注目はテーブルに広げられていた複数枚のカードに向けられていた。

 あれは⋯⋯『HELLCLOUD』か!?

 

「『HELLCLOUD』⋯⋯。最低なゲームですよ」


 立ち上がり、見に行こうとした時だった。ソルが冷たくそう呟いた。

 先ほどまでの元気さは何処へ行ったのか、ソルを纏う空気が一気に変化し、瞳は怒りと憎しみに揺らいでいる。

 只事ではないな⋯⋯。そう感じ取った俺はテーブルの上に広げられたカードと少女を見比べる。

 あのカードからは中級、上級魔族の気配を感じる。

 先ほどジリスが封印されていたカードよりも波動は弱い。

 あくまでもそう感じ取れるだけで、確証はないが、概ね合っているだろう。

 ソルは『HELLCLOUD』に何か恨みがあるのか。

 そこから口を閉ざしたまま俯いているソルの様子に痺れを切らした俺は理由について尋ねてみることにした。

 黙ったままでは何も始まらない。


「『HELLCLOUD』⋯⋯最近流行しているゲームだな。最低なゲームとはどういう意味だ」


 あくまでも自然に。俺が『HELLCLOUD』について探っていることは悟らせないように。


「そのままの意味ですよ⋯⋯。最低は、最低なんです」


 まるで言い聞かせるかのような口調だった。

 

「要領を得ないな。それが何故かと聞いているんだ」


 顔をそむけるソルに対し、俺は視線を逸らさぬまま問い続ける。

 いくらこいつが口を閉ざそうと、目的のため必要な情報である可能性がある限り、問いたださないわけにはいかない。


「しつこいですねっ。言いたくないんですよ」


 頑なだな。何がそれほどまでにこの少女をそうさせているのか。よほどの重い事情か何かがあったのか。

 そこからも趣向を変え、何度か説明するよう促してみるが全て空振りに終わった。

 これ以上の追及は不可能⋯⋯か。力づくで口を割らせる手段も考えたが、それでは情報源として利用させてもらう際に差し支えるな。

 俺個人としては今すぐにでも突き止めたかったが、仕方なく追及を辞めることにした。

 諦めたわけではない。頃合いを見てまた尋ねてみるか。

 そういえば、昔ジリスに言われたことがある。



 『物事には実行するにふさわしい時があります。時がくるまでは準備を整えて、後はその時を待つのです。その時はいつになるのか分かりません。きっとどんな占い師だって予測できないでしょう。ですが、魔王様ならきっと、その時がくれば分かるはずですよ。』



「⋯⋯分かった。言いたくないのならば言わなくていい」


 突然追及を辞めたことにソルは驚いた。


「な、何ですかいきなり。滅茶苦茶しつこかったのに突然諦めて」

「諦めたわけではない。ただ、時を待つことにしただけだ」


 俺の言葉にソルは怪訝な表情を浮かべた。

 ソルへの追及は中断することにしたが、こちらはそういうわけにはいかないな。

 

「?? どうしたんですか」


 何も告げず唐突に立ち上がった俺を不思議そうな目で見る。

 

「気になることがある。お前は先に店を出ていて構わない」

「気になることって⋯⋯あっ、ちょっと!乱暴なことしちゃ駄目ですからね!」

 

 一体俺のことを何だと思っているのか、背後から俺に注意するようにと少女の声が飛んできた。

 俺は振り返ることなく軽く手を上げることで答えておいた。

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