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10 勇者の酒場

「んー、迷いますねぇ」


 かれこれ十分ほど、メニュー表と睨み合う少女。

 どれを頼んでも腹に入れば同じだろうに何をそこまで迷う必要があるのか。


「今から十秒以内に決めろ。さもなくば貴様を砂漠送りにする」

「ええっ!? ちょっと待って下さい! すぐに選びます!!」


 ぐいっとメニュー表を顔に近づけ真剣に視線を動かす。

 全く、呆れて物も言えん。

 俺はため息をつくと入店早々に人間が運んできた水を飲む。

 もちろん毒が入っていないかは確認済みだ。

 カラカラだった喉が潤う。魔王だった頃では味わえなかった感覚。

 当然魔族にも乾きや飢えという概念は存在する。

 だがそれは自らの命を繋ぐため、生存のために儀式的に摂取するものだった。そして時に、破壊衝動や自己顕示欲のために血や肉を貪ることもあった。

 俺は賑わう酒場内を見渡す。

 昼間から酒をかっくらい陽気に談笑する者、楽器を手に取り音楽を奏で歌う吟遊詩人。

 それを聞き、皆楽しそうに皿に並べられた料理を口に運んでいる。

 人間という生物にとって食事とはそれだけではないようだ。


「オムライス⋯⋯ハンバーグ、いやっ、グラタンも捨てがたい⋯⋯」


 まだ決めていないのか。


「いい加減にしろ。まさか俺の言葉が冗談とでも思っていたのか? 本気になればいつでも貴様を⋯⋯!」

「あーっ! 決めました決めましたっ! お姉さーん! ハンバーグ定食一つ!!」


 少女は勢いよく挙手し一つ向こうのテーブル近くにいた店員に向かって声を張り上げる。



「ん~っ、やっぱり美味しいです~」


 頬に手を当て至福の笑みをこぼす少女。

 少女がナイフで切ると肉汁で溢れ、その香りがこちらまで漂ってくる。

 俺が頼んだのはビーフシチューだ。付属のバゲットは硬く歯に当たるとパリッと外側が砕けるのに対し、中はもちもちとした食感がなかなかに面白い。

 少女曰く、このバゲットをシチューに付けて食べるのが定番らしい。

 俺がその食べ方について初めて知ったことを知ると信じられないという風に驚いていた。

 どうやら人間界の間では常識のようだ。

 俺はシチューをスプーンですくい口に運ぶ。

 ふむ。この味、言葉に表しにくいがとても美味だ。


「この酒場、名を『勇者の酒場』というのだな。魔王を倒したという勇者と何か関係があるのか?」


 表看板を見ていた時から気になっていたが、再度、手に取ったナプキンに印字された店名を見て尋ねてみる。これくらいならば尋ねても俺と魔王、勇者を関連付けられることはないだろう。


「はふっ、熱⋯⋯っ。⋯⋯っと、え? 何て言いましたか?」

「⋯⋯。酒場の名前が勇者と関係があるのかと聞いたんだ」

「もちろんですよ。この町ではかなり有名な話なのですが、ご存知ないということはやはりあなたはこの町の人じゃなさそうですね」


 湯気立つハンバーグを飲み込むと、少女は語り始める。


「魔王が生きていた時代、この町は魔族の侵攻が激化し、人々は魔法や武器で抵抗を図りましたが、強力な魔族の軍勢に劣勢状態が続きました。次々に押し寄せる魔族たちに圧倒され、ついに城壁は破壊されてしまいました。町の内部にまで魔族が入り込み、人々は自らの死を確信しました。そんな絶望的状況の中、現れたのが一組の冒険者パーティー⋯⋯後に魔王を倒し勇者と崇められたシキマ・ケイと三人の仲間たちです」


 それはまさしく英雄譚だった。少女は身振り手振りでその英雄譚を語り、興奮したように息まく。


「人々は救世主の登場に喜び、神へ感謝の言葉を述べました。勇者は神より授かった聖剣で次々に魔族を倒していきました。無事魔族の撃退に成功した勇者は人々から祝福を受けました。そして、町は勇者への感謝と魔族の侵略を防ぐことができた祝いのため宴を開いたのです。その宴が開かれた場所がこの酒場です。当時の酒場は『リーベの酒場』と言ったらしく、店主のリーベさんが勇者に命を救われ、勇者の功績を後世まで語り継ぐため『勇者の酒場』と店名を変えたそうです」


 なるほど。あの男は俺を倒すまでに世界各地を巡っていた。その間にこの町に立ち寄り町を救っていたわけだ。

 ケルバンの魔族の侵攻は俺の指示ではない。恐らくは縄張りを主張する魔族の暴徒によるものだろうな。

 しかし正義感と慈愛に満ち溢れたあの男のことだ。他にもここと似たような店があっても何ら不思議ではない。

 俺は世界中に『勇者』の名が付けられた店や地名があるのを想像しふっと笑みをこぼす。


「詳しいのだな」

「いえ、私だってこの町の人から聞いたんですよ。私は元々あちこちを放浪していた旅人で、ケルバンには旅の食料や物資を求めて立ち寄っただけだったのです。ですが、この町はとても居心地が良くて、いつの間にか一か月間も滞在することになっていました」


 そう言って自らの青髪を撫でながら呆れ笑いする少女。

 「この町にお世話になっている」と言っていたのはそういうことだったか。

 つまりこの少女も特定の場所を基点とせず歩き回っている放浪者。

 ならばやはり、この少女から情報を引き出すのが良さそうだな。

 旅をする者なら町の人間よりも様々なことに詳しいはずだ。


 俺はごろごろと具材が入っている部分を掬い取ると口に入れる。

 そして⋯⋯


「ぐふ⋯⋯っ、な、なんだこれは!?」

 

 思わずむせる。


「大丈夫ですか!? 熱かったんですか?」


 少女は咳き込む俺を心配し水を差しだす。

 しかしその心配は見当違いだ。確かにシチューはそれなりに熱くはあるが人間体の俺は熱さには耐性があるようだし、熱さ自体むせるほどではない。

 問題はこの何かだ。


「一体何を入れたんだ、この珍妙な味。不快だ⋯⋯」


 水を一気に飲み干すと俺は口の中に残る嫌な味に眉を顰める。


「味? もしかして嫌いなものでも入っていたんですか?」


 一瞬きょとんとした表情を見せた少女は面白いことを見つけたという風ににんまりと笑みを浮かべる。


「ぐにぐにとして奇妙な形⋯⋯。独特な風味だ。何だこれは、食べ物なのか?」

「ぐにぐに? ああ、多分キノコですね」

「キノコ? これはキノコというのか⋯⋯。こんなものを食す人間の心理が理解できん」


 シチューに入っていた他のキノコを掬い上げる。

 その様子を見て少女は笑みを深める。


「ふふっ、食べてあげましょうかぁ?」


 こいつ⋯⋯。

 ここが酒場でなければ消し飛ばしていたところだ。

 弱みを握られているようで屈辱的な気分だ。そして魔王たるもの、いかなる弱みも見せる訳にはいかない。特に人間などの前ではな。


「いらん。誰が嫌いだと言った」


 当然その提案は断る。

 いくつあるかも分からぬキノコとやらを探し出し掬い口に入れる。

 やはり気に喰わない味だな。

 だがここで少しでも隙を見せれば目の前でいつまでもニヤニヤと笑っているこの少女の思うつぼだ。

 無言のままひたすらスプーンで掬い、口に入れ、噛み、飲み込むを繰り返しているといつの間にか皿からシチュー自体がなくなっていた。

 

 全く拷問だったな。

 ナプキンで口元を拭き、食事を終える。


「悪い人なのだと思っていましたが、案外かわいらしいところもあるんですね」


 こいつ、いつまで揶揄っているつもりだ。


「次同じことを口にしてみろ、貴様の身体は一秒とかからず吹き飛ぶ。二言はない」

「はいはい。もう言いませんよ」


 本当に理解しているのか、少女はポテトをつまみながら適当な返事をする。

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