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1 新たなる時代

 人間は死に際になると己の生の閉幕を悟るらしい。

 それが病によるものにせよ何者かによりもたらされるものにせよ、必ず人間は死を予感するという。死の瞬間は誰しもが予言者になりうる。


 それならば——


「俺も予言者という訳か」


 ふっと笑う。

 孤独の玉座は血にまみれ誰の物ともわからぬ臓物に鋼鉄の破片が散らばっている。

 死したモノたちの匂い。もはや人であろうと魔物の物であろうとも区別はつかぬ。死せば所詮は人も魔族も同じ屍、肉の塊、ただの骨。

 それでも今、この瞬間自分はここに座っている。まだ生きている。だがもう死ぬ。それだけが確かに分かっている。


「終わりだ魔王。お前の死をもって長きにわたる悪夢に終止符を打つ」


 魔王ヴィリグヘルムが人間界に突如降臨して300年余り、その間人間は魔族の脅威におびえ暮らしてきた。幾度となく暴虐の魔王を打ち倒そうと数多の冒険者たちがこの魔王城へやってきたが、かつてこれほどまでに魔王軍を追い詰めた者はいなかった。


 どこか遠い異国の地よりやってきた冒険者シキマ・ケイ。

 クラスは上級剣士ソードマスター。この俺を倒し、のちに英雄だの勇者だのと名を知らしめるであろう男の名だ。

 不思議な名をした見慣れぬ風貌のこの男に俺は討ち滅ぼされるのだ。


「人間が俺を殺す⋯⋯か」


 数百年前の俺ならば想像もしなかっただろうな。それだけにこの男には賞賛を送ろう。

 人の身でありながら、我が同胞を討ち倒し俺をここまで追い詰めたこと。

 俺は手元に並ぶ闇色の板状の水晶を見つめる。禍々しい気を放った魔術水晶だ。

 これでも俺は魔王。魔族の王だ。従える者を守る立場にある。

 魔王は討ち滅ぼされようと、我が同胞の存在がある限り魔族の血が途絶えることはない。

 これで、戦う術を持たぬ弱き者たちが、俺の不在の世で迫害を受けることもないだろう。


 水晶板をスライドさせる。一瞬にして淡い光の粒子を残し、消えた水晶板がその役目を果たしたことを感じ取ると、俺はゆっくりと立ち上がった。

 守らねばならなかった者たちの残骸。城外で警備していた下位魔族たちが吹き飛ばされた衝撃で今や見る影もない。

 己の中で静かな怒りが燃え上がるのが分かる。


「知っているか、人間共。感情とはなにも、貴様らにのみ備わっているものではない。魔族われわれにもまた備わっているものだ」


 怒り、憎しみ、喜び、欲までも我らは有する。

 己の死に場所は分かるものだ。だが⋯⋯


「大人しく殺されてやると思うな。俺は精一杯の悪あがきをもって同胞の死に手向けよう」


 多くの死にはより多くの死で返そう。それが魔王たる俺が出来る最後の報い。

 そして——俺の亡き後に残る者たちへの誇りだ。


 右腕に魔力を込める。幾重の魔法陣を展開し次々に魔法を放つ。

 闇の気が腕に纏い筋肉が増幅し太さは何十倍にも増す。鋭い爪は鋼鉄をも打ち砕く凶器へと変化する。 まさしく悪魔の腕だ。


「クレーナ!アルド!左右から攻めろ!セレネは後方から支援魔法を頼む!俺は正面から行く!」

「了解!」

「よし分かった!」

「うん、任せたよ!」


 俺の攻撃を避け冒険者たちは徐々にその距離を縮める。


「さあ覚悟しやがれ魔王さんよ!」


 右側から斧を振りかざす戦士の男。


「ここで決めるよ!」


 左側から拳を打ち込もうとする格闘家の女。


「慈悲深き神々よ!我々にご加護を!セイクリッドレインブースト!!」


 後方で杖を突きあげる魔法使いの少女。

 そして——


「終わりだ。魔王ヴィリグヘルム!」


 上級剣士、最強の冒険者である青年。

 三方の攻撃が一斉に俺に襲い掛かる。

 最期の一撃、青年の聖剣が俺の心臓を貫いた。


「ぐっ」


 血が吹きこぼれる。内側からジリジリと焼かれるような痛みが襲う。

 なるほど、浄化の力を持つ聖剣か。魔術師の少女の力もありその効果は通常よりも桁違いになっているのだろう。

 死は目前にその姿を現す。歪む視界を徐々に暗闇が覆い始める。

 死とは何も見えぬものらしい。初めて知った。

 意識が宙を舞う。俺に出来ることはもう果たした。後は身をゆだねるだけだ。


 魔王の座について実に300年。

 死した後、俺はどこへ行くのだろうか。かつて人間が俺に放った言葉を借りれば、地獄に落ちる——を体現することになるのだろうか。それとも次の世が待っているのか、はたして何もない虚無が続くのか。

 いずれにせよ残された我が同胞たちが無事であるならばそれで良い。最期まで守ってやれなかったことは悔やまれるが、これもまた運命さだめだ。

 人の世において悪は討ち滅ぼされるものだそうだ。今がその時だったというわけだ。


 無意識化を漂う。暗闇をたださまよい、そして次第に光が現れた。


「ようこそ魔王ヴィリグヘルム。ようやく討伐されてくれましたね。本当にずっと待ち続けていたんですよっ」


 なんだ⋯⋯?女の声がする。

 どんどん眩く広がる光に煩わしさを感じうっすらと瞼を開く。

 すると眩しさに慣れた視界にようやくその景色が鮮明に現れ始めた。


「ようこそ天界へ」


 にこやかに目の前の女は俺に笑いかけた。

読んで頂き本当に感謝です。

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