15. ギルドの召集と星空の下の約束
翌朝、ギルドホールは異様な熱気に包まれていた。セリナが壇上に立ち、鋭いエルフの目で冒険者たちを見渡す。緊急会議にはすべてのパーティーが集まり、空気が張り詰める。
「星屑の剣の冒険者たちよ。」
セリナの声がざわめきを切り裂く。
「瘴気結晶の報告により、我々の懸念が現実となった。魔王軍、あるいはその残党が動き出している。大陸各地で瘴気の発生、アンデッドの目撃情報、そしてさらなる脅威が報告されている。」
ホールにどよめきが広がる。ガルドはパーティーの仲間と並び、盾を脇に置く。リリエが近くにいるのを感じ、彼女を群衆の圧から守るように少し体をずらす。
「斥候がその源を突き止めた。」
セリナが続ける。
「鉄鉱山脈の廃墟要塞――かつて魔王軍の拠点だった場所だ。複数のパーティーで調査チームを編成する。ガルド、リリエ、キール、ミラ――君たちの瘴気との経験は、この任務に不可欠だ。」
「よっしゃ! 古代の悪をぶっ飛ばすぜ!」
キールが拳を振り上げるが、ミラに睨まれる。
「キール、ふざけないで。魔王軍が本気なら、世界が終わるレベルの話よ。」
ミラの声は鋭い。
リリエがガルドを見上げる。彼女の目は決意と不安が混じる。
「ガルド…私たち、これ、乗り越えられるかな?」
「今までだって無理なクエスト、乗り越えてきた。お前と俺、キールとミラ――一緒なら、どんな敵でも倒せる。」
ガルドは彼女の目を見つめ、声を落ち着かせる。「俺がお前を守る。」
リリエが頷き、そっと彼の腕に触れる。
「うん。ガルド、信じてる。」
セリナが手を上げ、静寂を求める。
「装備を整え、休息を取れ。3日後に出発だ。これはただのクエストではない。ルナリス、そして世界の命運がかかっている。」
会議が解散し、キールがガルドの背を叩く。
「ガルド、ヒーロー感ハンパねえな! 魔王軍のボス、タンクる気満々?」
「お前の炎魔法で俺の鎧を焦がさなきゃな。」
ガルドは小さく笑う。
ミラはリリエを脇に引き、声を潜める。
「リリエ、大丈夫? セリナの話、ちょっとビビってたでしょ。」
「…うん、怖いけど、みんながいるから、頑張れるよ。」
リリエが微笑む。
「よし。で、ガルドのこと、ちゃんと見ててね。あいつ、頑丈だけど、リリエにはメロメロだから。バカなことしないように。」
ミラがウインクする。
リリエは顔を赤らめ、頷く。
「う、うん、気をつける!」
その夜、ガルドは再び屋上にいた。鉄鉱山脈の任務の重さ、リリエの秘密――すべてが頭を支配する。彼女の魔法が何か大きなものと繋がっているなら、ただのタンクじゃ守りきれないかもしれない。そんな恐怖が、初めて彼を揺さぶる。
足音が聞こえ、リリエが現れる。今度はランタンなし、月光だけが彼女を照らす。彼女はガルドの隣に腰を下ろし、星空を見上げる。
「また寝られない?」
リリエが軽く笑う。
「ああ。考えすぎちまってな。」
ガルドは一瞬迷い、続ける。
「お前の秘密…気になってる。悪い意味じゃねえ。ただ、もっと知りたい。」
リリエは手を膝に置き、声を落とす。
「私も、もっとわかってたらいいのに。…私の魔法、時々、まるで私のものじゃないみたいに動くの。でも、ガルドやみんなと一緒だと、それが…落ち着く。コントロールできる気がする。」
ガルドの胸が締め付けられる。
「なら、俺たちを頼れ。俺を。独りで抱えるな。」
「うん。…でも、ガルド、約束して。」
リリエが彼を真っ直ぐ見つめる。
「もし私の魔法が…私を変えたり、ガルドを危険に晒したりしたら…守らないで。ガルドは、私には…大事すぎるから。」
その言葉は、ガルドの心に槍のように刺さる。反論したい、どんな危険でも彼女のために立ち向かうと言いたい。だが、彼女の怯えた目に、言葉が止まる。代わりに、彼は彼女の手を取る。慎重に、壊れ物を扱うように。
「約束する。…でも、お前も約束しろ。独りで戦わねえって。俺とお前、チームだろ。」
ガルドの声は感情でかすれる。
リリエが手を握り返す。彼女の笑顔は震えるが、本物だ。
「…うん。約束。」
二人は手を繋ぎ、星空を見上げる。焚き火の音もない、ただ静かな夜。ガルドにとって、この瞬間ははっきりしていた。自分はただのタンクじゃない。リリエの手を握り、彼女の重さを分け合える人間なんだ。