騎士になった理由
父の背中を思い出す。
父は、王宮騎士長だった。王国で一番平和に貢献した、騎士団長。剣の実力は勿論、人柄も聖人のようであった。王族から貴族、平民、奴隷に至るまで、誰一人差別せず、万人に優しく手を差し伸べ、多くを守ろうと戦った国の英雄。
数年前、ホワイトドラゴンと宝石を我が物にしようとした隣国・ナーガライトとの戦争で、父は命を落とした。
僕は、平和を守る為に戦った父のように、騎士の務めを果たしたい。エヴァンとミアと三人で、王宮騎士となり共に国を守る。平和な世の中で、大切な家族や友人を守って暮らして生きたい。
だから、僕の大切な××を××××、国は――
「ウィル、起きてください。ウィル」
「ん……?」
デジャヴだった。カーテンのように垂れる煌めく白銀と、雪のように白い肌。涙に濡れたであろう紫色の瞳が、潤みながらウィルをのぞき込んでいる。膝枕をされている、と気づき、腹筋を使って思わず身体をよじった。
「……アンバー姫!? って、あれ?」
先ほどは立っているだけで激痛を感じていた身体が、今では何事もなかったかのように痛みがない。ゆっくりと起き上がって腕を持ち上げたり、胸のあたりを叩いたりしてみたが、異常は見られなかった。剣で貫かれたはずの胸元も、服が破れている様子はない。
テオを倒した後、確かにアンバー姫に胸を貫かれたはずだった。意を決してアンバー姫の顔を伺うと、不安そうにこちらを見守っている。
「ウィルは『剣の使い手』に選ばれたのです。使い手は、私の加護を受けてホワイトドラゴンと同じ体質となります。どんな攻撃も貴方には無効ですし、ドラゴンの再生力は一秒あれば、身体の傷や異常、病さえも治します。体に異常はないはずです」
「だから、剣で貫いた、と?」
「それは…」
ウィルはアンバーから少しずつ距離をとった。警戒心を露わにしたウィルに、アンバーが悲しそうな表情を見せるが、ウィルとしては胸を剣が貫いた恐怖が残っている。
「ウィル、アンバー姫は、剣の使い手であるお前を案じて行動しただけだぜ。それよりも、追手が来る前にさっさとここを移動した方がいい。ホワイトドラゴンを攫った反逆の騎士を、国は放ってはおかねーだろ」
「は? え、ホワイトドラゴンを攫ったって、僕のこと?」
「お前のことだ、ウィル」
「ウィル、私は国へ戻るわけには参りません。一緒に、母の、原初のドラゴンの元に行ってください」
「えっ、待って、待ってください。何、まずどうして僕がアンバー姫を攫ったの? 原初のドラゴンの元に行くってなんですか?」
――アンバー姫を攫った? 僕が? どうして?
最初に国家反逆罪を犯した、と聞いたときよりも強い衝撃がウィルを襲った。テオの襲撃の前、確かにアンバーは「貴方は私を」と言いかけていた。その言葉の続きが「攫った」のだと、誰が思うだろうか。しかし実際に城からは滅多に出ないはずのアンバーが外に出ており、ウィルの目の前にいる。アンバーが城から逃げ出したか、他国を来訪する予定があって外に出ているという可能性もあったが、前者の場合においてウィルが逃亡を手助けしたとしか考えられなかった。
ウィル自身に、一国の姫であり、世界の宝であるホワイトドラゴンを害そうなどと思った事は一度もない。ウィルにとってアンバー姫は憧れであり、守るべきお方。
騎士となったのも、平和を守る為に戦った父のように、騎士の務めを果たしたい一心だが、いつか戴剣式で剣を授かりたいという想いもあった。父さえ授かることができなかった、ホワイトドラゴンの剣を。
「ウィルは私を連れ出したのです。それが、如何なる理由であれ、私は貴方を認めます。どうか私を信じてほしい、許して、ほしい」
最後の言葉は、小さく呟かれて消えた。
「許されるべきは、僕ではないのでしょうか」
そうでなければ、おかしいと思った。許されざる行いをしたから、追われている。殺されそうになった。そうでなければ、先輩騎士であるテオが、鬼の形相でウィルに殺しにかかるはずがない。
「とにかくウィル、時間がない。今の部隊が戻らなければ、更なる追手がくるぜ。追いつかれる前に、ナーガライトに向かおう」
「待ってロバート、今ナーガライトって、言った?」
ナーガライト。ヴェルフドラの隣国。数年前に戦争を起こし、父を殺した国。
「ナーガライトがウィルにとって禁句だってのは分かってるよ。でも、反逆罪を犯した俺達が生き残るには、国を出るしかねーだろ。それも、追手が容易に追っては来れない国へ」
「それは、そうだけど」
一瞬、頭に血が上ったが、国内を逃げ回っても生き残れるとは思えなかった。
「それに、原初のドラゴンはここから東にあります。ナーガライトを通過する必要があり、ナーガライトへ行く前にはレフォミアという町があります。まず、そこで休むべきです。それと、その……」
「アンバー姫、何かご事情が?」
アンバーが少し恥じらうように、座ったまま身体を捩らせる。手は太ももを少し隠すだけの丈の短いパンツを掴んでおり、視線は泳いでいる。
アンバーの服装は雪国では寒々しいとさえ思える軽装で、肩と胸元が大きく出ており、パンツと靴下を繋ぐガーターベルトが見えている。薄紫がかった白くふんわりとした薄布は、アンバーの白銀の髪と白い肌を際立たせていて美しいが、淑女としては露出が激しいように思えた。
「あの、スカートが欲しいのです。ズボンでも構いません」
「はぁ、それは、構いませんが」
どうして今?とウィルは思ったが、ロバートは何かに気づいたのか目を見開いた。瞬時にマントを脱ぐのと、アンバーが言葉にするのは同時だった。
「スカートを破いてしまい……こちら、パンツなのです」