私のご主人様
正義は僕の手の中にある――
ウィルは頭の片隅で、自分ではないような強気な物言いに、恐ろしさを覚えた。けれど、手に握っている剣の輝きが、ウィルの思考を鈍らせた。剣はウィルを認めるように光り輝いていたし、ウィルはその輝きに魅入られていた。
「ウィル!」
切なげな叫び声に顔をあげると、アンバー姫の紫色の瞳と目が合った。ぐん、と意識が吸い込まれ、その瞳の中の、母なるドラゴンが、ウィルの真意を見極めようとのぞき込んでいる気がして、ウィルは息を呑む。そしてウィルは、魅入られたまま剣を振った。
「ああああああああ!」
テオの斬撃は、ウィルの剣戟によって打ち消され、テオの身体が後ろに吹き飛ぶ。そこで、ウィルは驚きで正気に返った。
「わ、テオ先輩、すみません!」
「ウィル!」
「わぁ! アンバー姫! な、な、何を!」
何をなさるのです、という言葉が、頭から吹き飛ぶ。アンバー姫が、飛びついて、もとい、抱き着いてきている。テオへの心配も当然吹き飛んだ。
「ウィル、貴方が、使い手だったのですね。貴方が、私のご主人様! やっと会えました!」
花のような香りが、ウィルの鼻孔をくすぐる。
使い手? 自分が?
――アンバー姫の、ご主人様?
アンバー姫が、腕に力を込めたのか、身体が蛇に巻き付かれたかのように苦しくなる。可憐な少女の姿をしているが、ドラゴンである。ドラゴンの腕力で身体を掴まれては、このまま圧死してしまいそうだ。
「アンバー姫! って、ウィル、何してんだよ」
襲撃時、いつの間にか外で応戦していたらしいロバートが、小屋の中に入ってくるなりげんなりとした。
「いや、誤解だって! アンバー姫、お手をお放しくださいませんか?」
「嫌!」
「えっ」
およそ淑女である姫からは発せられることのない、幼女のような拒否に、ウィルとロバートは狼狽した。ここまで常に冷静沈着で、一国の姫として、剣の守り手として使命を背負い、凛とした姿を見せていたアンバー姫が、正直な気持ちをさらけ出している。
顔をあげたアンバー姫の瞳は、涙で濡れていた。涙はキラキラと宝石が零れていくように紅潮した頬を滴って、ウィルの胸を高鳴らせる。世界にはドラゴン教なるものがあり、ドラゴンに心酔し崇める人々がいるが、この泣き顔を見てしまっては、違う意味で心酔してしまうだろうな、と、場違いなことがウィルの頭をよぎる。
「嫌です、私はずっと求めていたのです。この剣の使い手を、私のご主人様を!」
「は? ご主人様?」
口だけではなく、明らかな侮蔑を含んだロバートの視線が、ウィルを貫く。疲労からか翳りが見えてるだけに、余計迫力があった。
「外道に落ちるだけでは飽き足らず、クズに成り下がったか」
「外道とクズって、一緒じゃない? いや、それより姫、ご容赦ください」
ドラゴンとは言え少女の柔らかな身体が――密着している。
「嫌です、ダメです、傍にいてください、ご主人様」
「アンバー姫……」
憧れの麗しく、可憐な姫に涙を流しながらここまで求められては、ウィルも強く主張する事が出来ない。どうやってこの腕から逃れようか考えようとしたところ、アンバー姫がすっと腕の拘束を解いた。
アンバー姫は、ウィルと距離をとると、数秒、覚悟を決めるかのように瞼を閉じた。アンバー姫の手中には、いつの間にか剣を取り戻している。
「アンバー姫?」
名前を呼んだのは、ウィルだったのか、ロバートだったのか。アンバー姫が剣を振りかぶったその瞬間、ウィルの意識は消えた。
「ウィル、怖がりなこのドラゴンを、どうかお許しください」
ウィルを剣で貫いたアンバー姫は、切ない声で呟く。
――どうか受け入れて。この運命を。