正義の証明
「アンバー姫、ご説明は後の方がよろしいかと。ウィル、追手だぞ」
説明を放棄し窓際を見つめていたロバートが、不穏な事実を口にする。
「追手、って、俺が国家反逆罪を犯したから?」
「そうだ」
「ちなみに、僕は何をしたの?」
「貴方は私を……」
ガシャン、という音と共に、ドアが蹴破られ、剣戟がウィルとアンバー姫に襲い掛かる。ウィルは痛む身体で反応し、腰にある剣に手をかけたが、ウィルの手は目当ての剣を握ることは出来なかった。剣がなかったのだ。咄嗟に残っていた鞘を盾にして、アンバー姫を守るようにして剣戟を躱す。
「ウィル・ハワード! 死ね!」
「うわっ」
相手は先輩騎士だった。見たことがある、も何も、任務初日に頑張れよ、と送り出してくれた先輩だった。名前は確か、テオだ。テオ先輩。ウィルと同じ金髪が特徴の、いかにも年上らしく落ち着いた頼れる先輩だった。その先輩騎士が、恐ろしい形相でウィルを殺そうと目をぎらつかせている。
国家反逆罪を犯したなら、まず投降を命じられそうなものだが、目の前の騎士はウィルの命を狙って剣を振っている。
「テオ先輩! 話し合いましょう! うわ、危ない!」
テオの剣先がウィルの鼻先を掠めそうになり、後ろに下がる。アンバー姫を守ろうにも、実力差がある相手に、ウィルはたじろいだ。その隙をテオが見逃すはずがなく、容赦のない剣戟がウィルの眼前に迫る。しかし、ウィルに届く前に、その剣は細い腕によって弾かれた。
「あ、アンバー姫!」
目の前に飛び出してきた白銀の髪に、誰に守られたのかウィルは理解した。絹のように柔らかな白銀の髪をさらりと揺らし、ウィルとテオの間に入る。
アンバー姫の肌は、柔いように見えて、ドラゴンの鱗と同じ強度をもっていた。岩にぶつかれば岩を砕き、灼熱のマグマも、鋭利な氷さえも弾いてみせる究極の肢体。加えて剣の守護者であるアンバー姫は、守られる姫ではない。騎士顔負けの剣の使い手でもある。そのことをテオとウィルは思い出し、息を呑む。目の前の可憐な白銀の女の子は、その身に秘めた力を、その身が負った使命を、忘れたことはないと言うように堂々と立っていた。
「アンバー姫、お退きください」
テオがアンバー姫の異様な雰囲気に気圧されながらも声を絞り出す。
「今のウィルを、殺してはいけないと思います。私の牙が、そう疼くのです」
「何故、反逆者を庇うのです。ウィル・ハワードが、貴女様に何をしたのか、俺たちに何をしたのか、貴女様はご存知のはずです」
そのまま説明してほしい、とウィルは思った。けれども、テオのこの言葉のどこが引っ掛かったのか、ウィルの胸の内から怒りが湧き上がってくる。説明されずとも、「僕は知っている」と身体が叫んでいるようだ。
「城にお戻りください、アンバー姫。貴女様であれば、そこのウィル・ハワードなぞ造作もないはず。もう一度聞きます、何故、反逆者を庇うのです」
「……私の命は、ドラゴンの牙から作られたこの剣の、『剣の使い手』を選び、『剣の使い手』に付き従う為にあります。私はホワイトドラゴン。正義を全うする剣の持ち手を探さなければなりません」
「それは承知しております。ですから、我々の国は騎士を集い、その使い手にふさわしい人物を育成しております」
「いいえ、根本が間違っているのです。強いだけ、忠誠心があるだけでもいけません。そこに正義がなければ」
我々は正義を全うしようとしています!とテオが叫んだが、アンバー姫は首を振った。
「分かりました、では、テオ、貴方に機会を与えます。貴方が正義かどうか、剣で証明してみてください」
「よ、よろしいのですか?」
狼狽えるテオをよそに、アンバー姫が両手を胸のあたりで何かを包むように構えると、そこから白銀の光をまとって剣が現れる。アンバー姫と同じ白銀の剣。この世のモノとも思えない白銀に輝く剣は、プリズムを発している。
アンバー姫がその剣を手渡すようにテオの前に運ぶが、テオが剣を掴むことはなかった。まるでその剣の実態がないかのように、テオは触れることができない。
「テオ、貴方に正義はないようです。私は……」
アンバー姫が何かを言いかけたが、横から伸びてきた手に言葉を失った。その手は確かに、剣を掴んだ。
「何故、ウィル、貴方が。一度は剣を掴めなかった、貴方が――」
ウィルは突然始まった剣の選定にたじろいだはずだった。これでテオが『剣の使い手』に選ばれれば、ウィルはここで断罪されるだろう。しかし、ウィルは恐ろしさを凌ぐ目の前の白銀に輝きに、今度こそ魅了されていた。剣に手が伸びたのだ。ウィルは魅了されたまま呟いた。
「国家反逆罪? 正義は僕の手の中にある」