確かにこれは国家反逆罪
「ウィル、大丈夫ですか?」
「アンバー姫、あの、どうして姫が、僕、いや、私に膝枕など! ここはどこですか? 城ではないですよね? 不敬で死罪ですか?」
「落ち着いてください、ウィル」
え、今、ウィル、と呼ばれた?
アンバー姫の返答は頭に入らず、姫が自分の名前を呼んだことが頭を占拠する。アンバー姫が自分の名前を知っている。柔らかな内ももが、自分の頭を乗せている。間違いない、死罪だ。
任命式が妄想なのか、眼前の姫が妄想なのか、全てが妄想なのか。
「ウィル! 平気か?」
かろうじて首を動かす。頭痛はするが、頭をぶつけた痛みだった。角度によっては痛くははならない。アンバー姫の後ろから見下ろしてきたのは、同じく騎士になった同僚だ。そして、本人達は隠してはいるようだが、ミアの恋人でもある。城の侍女達からすでに噂をされていた甘いマスクが、見たことのないやつれた顔で、こちらをのぞき込んでくる。雰囲気もどこか、影を帯びて。
いや、助けてよ。どうしてアンバー姫に膝枕をさせているんだよ!
――君が膝枕してくれよ!
「君が膝枕してくれよ! じゃなくて、平気だよ。身体はそこらじゅう痛いし、頭痛もするけどね。というか、説明してほしいんだけど。どういう状況? これ……」
身体の痛みのせいではなく、死罪への恐怖で冷汗が出てきた。あと、ロバートに膝枕を求めてしまったことに汗がでてきた。男の、しかも騎士の鍛えた腿で膝枕などされたくはない。ゾッとする。
「どういう状況、って、お前……」
「だから、姫が僕に膝枕してくださってることとか、姫が僕に膝枕してくださってることとか、ロバートが一緒なのとか、とにかく色々」
「ウィル、どこまで記憶がある?」
姫が僕に膝枕してくださってることとか、を故意に二回言ったにも関わらず、スルーされた。教えてくれよ。大事なのはそれだけなんだ。
「どこまでって言われても困るよ」
思い出したいのに、雪の壁が思考を阻んでいるみたいに記憶を辿ることが出来ない。混乱で思い出せないんじゃない、本当に記憶がない。任命式は済ませた。エヴァンとミアと共に帰路につき、家へ帰って母さんの暖かいスープを飲んだ。次の日はエヴァンとミアと三人で初任務だったはずだ。けれど、その先がない。
「初任務に赴いたところ、まで? いや、そもそも僕は任務を終えたかな? それに、エヴァンとミアは?」
ウィル、エヴァン、ミア、ウィルは第三隊。ロバートは第十五隊。新米騎士は入隊後、それぞれの隊に振り分けられ、任務に着く。戦争や余程のことがない限り、他の隊と組むことはないはずだ。
ロバートは信じられないという顔をした。その顔には絶望がにじみ出ている。いつもは飄々としているロバートが、ウィルに殴りかかりたいのを抑えるように身体を震わせる。
「俺も、忘れられたら、どんなに……」
「ロバート?」
ズキリ、とウィルの頭が痛む。ロバートが憎い顔でこちらを睨んできた記憶が、一瞬だけ頭をよぎった。でも、ロバートとは円満にやってきたはずだ。ロバートは飄々とした性格で、ミアに関する牽制もウィルとエヴァンに対しては軽い口調でしていた。ミアに対して、ウィルが恋心を抱いたことはない。ロバートもそれを感じ取っていたはずだから、憎まれる理由はないはずだ。思い違いだろうか。
「状況が状況ですから、ロバートは疲れているのです。私が代わりに説明します。ウィル、心して聞いてくださいね」
もう一度、こちらを見下ろすアンバー姫を見る。また紫色の瞳に吸い込まれそうになって、何回か瞬きをして回避した。人の形をしているが、厳密には人間ではないこの綺麗なドラゴンに、油断したら魅了されてしまいそうだった。体中は痛いが、出来得る限り真剣な声を出して返事をする。
「はい、アンバー姫。このウィル・ハワード、心して拝聴いたします」
「ウィル・ハワードは国家反逆罪を犯しました」
「はい、国家反逆罪を……え?」
国家反逆罪、と聞いて、疑問はすぐに解決した。
――膝枕、やっぱりダメだったかな。まぁ、当然か……