第7話 秘密の逢瀬
アルメートとメイサとの別れの悲しみも癒えぬままに、俺達クラスの連中は迷宮のある街に足を踏み入れた。騒々しくも楽しい雰囲気に満ち満ちているその場所には、正に夢と希望を持って、この世界で暮らしている人間たちが居た。
その中で俺は一つ疑問に思ったことを口にしようと思っていた。それは事前情報との乖離が激しいからだ。最初エイダルに話を聞いた時は、人外種に奴隷の様に扱われていると聞いたのに、この場所にはそれが無いのだ。あそこを見れはエルフの女性と人間の男性が手を繋ぎ、露店で買い物をしている。別の場所に目をやれば獣人の男がレストランに入れないと言われ落ち込んでるのが見える。
「あのガトムさん、何か事前に聞いてた話と違うんですけど、確かエイダルさんには人間が奴隷のように扱われているって聞いたんですけど」
「あぁその事か、それなら簡単だ。この大陸には特殊な結界が張られてあるんだ。そのお陰で簒奪の魔王ルシフェルの思想汚染が無効化されるんだ。」
「凄いですね。それってどんな人がやったんですか?」
クラスの誰かがそう発言していた。まぁそれは俺も気になっていた。何せ大陸全てを覆う魔法だ。魔法に対して無知と言える俺でもそれ程までに凄まじい魔法は知らない
「済まんがこれに関しては機密情報なんだ。でも生ける伝説と言えるのは確かだな。魔法の腕に関してあれより上の人を俺は知らん」
「ヒント位は良いんじゃないですか?」
「う~んまぁその人の伝説位なら良いぞ、何せこの国では、子供でも知ってるからな。…その人に関して語ることは一にも二にも魔法の腕だ。何せ伝説では、町一つを覆った狂記病の患者に対して、纏めて精神魔法での治療を行ったって話だからな。あっ因みに狂記病っていうのは、記憶が前後ランダムにばらける病気の事だ。それを伝説では町ごと一気に直したんだとよ」
その会話だけで、一人の少女が驚いた。確か精神魔法に対して高い適性を誇り、固有技能もそれに応じた技能の持ち主だ。
「そんなの有り得ない、記憶干渉の魔法は精神魔法の中でも最高難易度なのよ。もしも少しでも矛盾を起こせば、そこを起点に俳人にもなるのよ。しかも一人一人じゃなくて町ごと纏めて?そんなの不可能よ。」
彼女はそう言っていた。でも俺自身が魔法に対して無知だからそれを言われてもピンとこないってのが正直な所で、ガトムさんは、「伝説も良いが、移動でかなり疲れているようだし宿に行くぞ」と言いながら宿に案内してくれた。
それからその日はクラスメイトの皆は移動の疲れもあって、この町の宿屋についてからは皆は泥のように眠った。…まぁ俺以外のクラスメイトはね。因みにそんな俺は、今は宿屋から少し離れた場所に存在する路地裏に来ていた。
「折角の町だし適当な技能の一つや二つ簒奪してもバチは当たらないだろ」
そんな事を呟きながら路地裏を探索していたら、正に奪ってくださいと言わんばかりに酔いつぶれて眠っている男が居た。その男に鑑定をしてみると結構良さそうな技能が有った。俺はこの世界に来て本当に変わったと思っている。大切な人は何が何でも守りたい。でもそれを大切じゃない人間にまで、その輪を広げようとは思わなかった。
名前 ラーツ
職業 僧侶
種族 人間
体力 70/100
気力 120/150
魔力 300/300
攻撃力 90
防御力 75
魔法力 250
抵抗力 300
速度力 70
固有技能 微癒
一般技能
逃走.回避.信仰.暗視.盾術.小盾術.棒術.杖術.回復魔法
取り合えずこいつからは<回避>の技能を簒奪して、それ以外にもあと何人かが眠りこけていたから、そいつらからそれぞれ<体術>と<格闘>の技能を簒奪してから、今日はもういいやと思いつつ宿屋に帰宅した。
そうしていよいよ眠りに就こうと思いつつベットに横になると、俺の部屋のドアをノックする音が聞こえた。その音に渋々だけど従いつつ俺はドアを開けると、そこには普段のピッシリとした恰好の先生がドアの緊張した面持ちを見せながらドアの前に立っていた。
「小見門君に少し話があるのだけど入ってもいいかしら?」
「えぇどうぞ入って下さい」
「そうありがとうね小見門君」
そうして俺が快く部屋に受け入れると、少しの躊躇いと躊躇を見せる表情を浮かべたかと思いきや、数分の間を置いてポツリポツリと今日この部屋に来た理由を語り始めた。
「先ず私の技能が人形作成である事は当然知っているわよね?」
「はい知っていますけど何かありました?」
「えぇそれも貴方にも関係があることなのよ。それには私の技能を話さないとダメなんだけど、私の技能の人形作成で作った人形には幾つかの追加要素を与えることが出来るのよ。例えば視界共有、聴覚共有、他にも色々あるけどそれ以外にも色々あるけど省くわね。
それで話なんだけど、もしかしら…ううんこのまま迷宮に潜ったら、小見門君…貴方が確実に死ぬと言う事よ」
「俺が死ぬなんて随分と物騒ですね。何か見たり聞いたんですか?」
不味いな…もしもアルメートとメイサとの会話を見たり聞かれたりしていたら、今この場で魅了の魔眼を使ってでも口封じしないとダメだ。作戦の事を知られたら生徒思いの先生は真っ先に反対する。それに俺はこの迷宮で死んだことにしたい。ここ以外の場所だったらあんな作戦は建てられないし、その上で逃げる事なんて不可能だ。
「それが、王国のお偉いさんの話でね。何でも小見門君の技能の代用技術があるから小見門君は不要だって言うのよ」
「なるほど…それで迷宮攻略にかこつけて俺を殺すかもしれないと…」
「そうよ…こんなこと生徒たちには言えないし、騎士団も信用が無い…私一人では守れないかもしれない…だから小見門君はここに残る事を進めるわ」
なるほど…どうやら先生は俺とアルメートとメイサの会話を聞いたり、一緒に行動した姿を見られた訳でも無いみたいだな。それだけは良かった。あの二人と関係があることがバレたら、本格的に不味いことになるかも知れなかったからだ。…でもこの先生はこれまでの学校生活でも分かる通りかなり頑固で、こんな状況になったら生徒の為に死なすのを止めるだろう事は容易に想像できる。それに今ここで俺がうんと言わなかったら、縛ってでもこの宿屋に残すだろう…。
「だったら少し来てください」
「えっでも外は既に暗いけど、何かあるの?」
「はい、先生が守る必要なんて無いことを証明しますよ」
そうして先生を説得してから、宿屋の外に出てさっき通った路地裏を通り少し開けた場所に来た。ここなら通行人が来ることも無いだろうし、普通の通行人が見れば腰を抜かすかもしれない技能を発動するのに持って来いの場所だった。
「躁影化装」
その宣言と共に俺の頭部は全体が立体的な影に飲まれて、その影は顔の数倍にまで広がりながら炎のように揺らめいていた。そこから出てくる一つの目と剛牙を見た先生は驚きのあまり声が出ないようだった。
「どうです?これでも町に残れと言いますか?」
今の状態は顔が影によって形作られ、剛牙の技能によって声を出している影響か若干元の声よりも声が低く、聞くものが聞けば威圧感を感じさせる。
「そう…何時の間にかどれだけの力を持っていたのね。そう…それなら言う事は無いわ。でも貴方は生徒なんですからちゃんと先生に守られていなさい。良いですね?」
「あぁ…分かりましたよ。先生」
やはりこの先生は良い先生だ。何も知らず俺を生徒として扱ってくれる。そんな会話を終えて躁影化装を解除してから宿屋に戻って、俺と先生は各々の部屋に帰ってから、明日の迷宮探索に備えてその日は直ぐに眠った。