第6話 別れの前日
「う~ん、あれから何が有ったんだっけ?確か技能の特訓をしていた気がするけど、それからの記憶が無いぞ」
「おはよう、よく眠れたかしら?悠馬」
辺りを見渡すとそこは俺の部屋で、ベットのそばにはメイサが座って本を読んでいた。俺はそれに気が付くと、何故かは分からないけど、涙が出てきた。
「どうしたの?大丈夫よ。ここには私と貴方しかいない。だから安心していいのよ」
メイサはそう優しく微笑みながら俺の頭を撫でてくる。恥ずかしい筈なのになぜだかそれに安心する自分が居る。俺は離れてから何が有ったのか聞くことにした。
「確か技能の特訓をしてたんだけど、あれから何があったかメイサは知らない?何だか分からないけど、酷く悲しいことが有った気がする」
「悲しいことないんて何もないわよ悠馬。それに貴方はいきなり技能を発動して疲れて気絶しただけだから何も心配する事は無いわ。だから安心なさい」
メイサの顔はどことなく貼り付けたかのような、それでいて俺を包み込む優しさを持って囁いてくれた。俺はそれに素直に従ってそのまま、もうひと眠りすることにした。
「おやすみなさいね悠馬」
あれから何事もなく一夜明けて、朝に来たメイサに言われて、昼間は剣術、槍術、弓術の特訓やステータスを伸ばす訓練をして、夜に技能を伸ばす訓練を数日続けて、遂に明日から迷宮のある街へと旅立つ事となった。そんな折にアルメートとメイサが、俺の部屋に来て、少し出かけないかと誘ってくれた。
俺はそれから直ぐに準備して、彼女たちの後を追ってたら何時も訓練をしている訓練場に着いた。昼間とはまた違った雰囲気のその場所は、まるでお化けが出る前兆かのように静寂だった。そこについて二人の並々ならぬ雰囲気に俺は若干たじろいでいた。
「二人ともどうしてこんな夜更けに訓練場に?」
俺がいつも通りの雰囲気で話しかけると、二人は顔を顰めて、何か言いたそうにモジモジとしていた。俺はその二人の感じに何かあるんじゃないかと思い立ち、二人に対して何をそんなに悩んでいるのか素直に聞いてみた。
「二人ともどうしてそんなに悩んでるんだ?」
「…それは、少しね」
「うん…色々あるの」
二人の言い方的に、何か良からぬことが有ったのか?と言った感じに聞きそうになったが、二人の雰囲気はその事はもう聞くなと言わんばかりに、冷ややかな風が俺の首筋を刺激する。俺はそんな雰囲気の彼女たちを見たことが無く、見知らぬ人が見ても分かるほどに動揺していた。
「それじゃぁ、さ何で此処に来たのかだけでも教えてくれない?」
「悠馬は明日迷宮に旅立つんでしょ?それにそうすると私たちとは暫く会えなくなるからね。」
「えぇ私たちは悠馬様を信頼してますから、計画の事も成功するにしてもそれ以降は私たちは干渉できません」
「私の魔獣たちも干渉できない。だって、派閥の人間に感づかれるかも知れないから。だから計画までしか私たちは悠馬を守れない」
「少しセンチメンタルになってるのかも知れません」
あぁ分かった。鈍い俺でも分かる。この二人は俺を心配してくれているのか。こんな君の大切な人に魅了を使って、あまつさえ技能を奪ったこの俺を
「あの…もしかして技能を奪ったことと魅了した事を、まだ引きずってるんですか?」
「まぁね。何せ君たちを襲ったのは本当だから。」
「そんな事は気にしないでください。それに私が魅了されたのも技能を奪われたのも全て私が弱かったからにほかなりません。だから貴方が気にすることは断じてありません。それに、もしもまだ気にするようでしたら私が怒りますよ。」
「アルの言う通り。私も最初は怒ったけど、仕方のないことって割り切ってはいた。だからこそ悠馬を私と言う強者が殺そうとも思った。だけと悠馬はそれをしなかった。だから私は信用した。悠馬が気にすることは何もない」
俺はこの二人の優しさに感動して、無意識に涙が出てきた。何故かは分からない。でも元の世界に裏切られたという感情と、この世界の人の優しさが、涙となって俺の両目から零れ落ちている。二人はその涙を拭って、また語り掛けてくれた。
「だからこそ、ここでお別れ。貴方の事は完璧に殺して見せる。だから、安心して私に殺されてね。悠馬」
「私は祈ります。悠馬様と私たちが再び会えるように、私は祈り貴方を殺します。」
「あぁ…安心した。分かった。俺はメイサに殺されよう、アルメートに殺されよう。だから俺は再び帰ってくる。その時にまた会おう」
俺は二人にそう言葉を残してから、自分の部屋に戻った。そこでベットのふちに座って、これまでの事を振り返っていた。突如異世界に誘拐されて、皆は精神魔法で操られて、俺自身もアルメートに魅了されかけたけど、逆に技能を簒奪して、魅了し返して、そして今度はメイサに会って、そして二人に信頼されて——。
「俺は心底幸せ者だ。この世界で会ったあの二人は優しすぎる。」
その時、ズボンに水滴が落ちる。泣いているのだ。でもどうしてだろう…二人の優しさに触れて、とても嬉しい気持ちになって、でもどうしてだろうか、元の世界に裏切られた感覚が俺を切りつける。