閻魔の道標 その1
「……は?」
森の中に突如現れた巨体。つい先程まで虫の音で賑やかだった森はいつしか静まり返り、静寂と化した。
「おい、なんでオオエンマハンミョウがいるんだよ」
「いや僕もびっくりなんだけど……レアエンカウントってやつ?」
「俺が知るかよ……うっ!?」
刹那、ハンミョウが消えたと思えば、その大顎の先端がライラックを掠った。ハンミョウは既に背後にいた。
「っ!ポーションくれー!」
「何アレ、ほぼ瞬間移動じゃん…」
「え?俺HP半分だよ?」
「わかったよ今渡す!【錬金術】!」
グラパーはインベントリから取り出したゲンゴロウの上翅を回復ポーションに変化させ、ライラックに渡す。そして再びゲンゴロウの上翅を取り出す。
ハンミョウがこちらを向き直し、再び駆け出さんとする。
「【鋼の虫籠】!」
ハンミョウの周囲を鋼鉄の檻が囲い、身動きを取れなくする。大顎で鉄格子を破壊しているものの、出てくるまでにはもう少し時間がかかるだろう。
そして彼が左手に持っていた上翅は、何やらノズルのついた缶になっており……
……ライラックはグラパーの左手にある物を見て悟った。
「戦うってことね、オーケー」
「その通り、よくわかったね…じゃあ行くよ?【草擬態】」
そう言うと彼は姿を消した。彼は事前にライラックにこのスキルの説明をしてあった。
【草擬態】は、森林系フィールド内でのみ絶対の擬態を可能にするというものである。
「んじゃ、俺もいきますか…!【絶対零度】!」
ハンミョウは鋼鉄の檻を噛み千切り、遂に脱出する。すぐさま標的をライラックに定め、攻撃を仕掛けようとしたその時。ハンミョウの横にもう一人が現れた。
「ええい、殺虫剤!」
グラパーは左手に持っていた殺虫剤を直接吹きかける……のではなく、レバーを固定した状態で放り投げた。何個も。
それらは空に向かって勢いよく薬剤を噴射し、そしてハンミョウに状態異常が付与される。【麻痺】と【毒】だ。
しかしハンミョウは歩みを止めず、ライラックに向かって襲いかかる。【麻痺】のお陰で幾分か足が遅くなっているが、それでも速いことに変わりはない。
大顎がライラックを捉える。がしかし、そこにあったのは氷の塊だった。
「【絶対零度】…結構便利だなこれ!」
【絶対零度】も【草擬態】と同じく、スキル名がラテン語表記である謂わば「ラテン語スキル」で、これらのスキルはどれも強力な効果を持っている。
そしてこのスキルの効果は「氷系攻撃の軌跡に破壊不能の氷を生成する」というものだった。ライラックはこれを身代わりとして使用している。
そうしてライラックが攻撃を受けている隙に、グラパーが毒注射を刺そうとする。しかしハンミョウの装甲は非常に固く、注射の針を通さない。
「うーん、スプレーを使ってる以上引火しちゃうから燃やせないし………やるしか無いか」
彼はDoT戦士。だが、DoT「戦士」であった。
「【武装錬金術】……一応、サブは重戦士なんだよね…!」
錬金術で作られた全身鎧がその身を覆い、手には大剣が握りしめられていた。
一方で、ハンミョウと追いかけっこをしていたライラックは。
バキンッ!!
一瞬は氷が砕かれた音だと思ったが、それは違う。この氷は壊れない。
では何が破壊されたのか。……否、破壊されたのではない。それは壊れてしまったのだから。
……それは耐久値が無くなった杖であった。
昆虫豆知識コーナー
殺虫剤の多くはピレスロイド系という成分で殺虫します。
このピレスロイド、選択毒性というものがあります。哺乳類は吸入しても体内で分解できますが、昆虫は分解できません。そのため、昆虫にのみより効果を発揮するというわけです。
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