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4月12日(木)
少し早く学校に着く。
校門の桜並木は今が最盛期だった。
教室に入ると僕の席にもたれかかるようにして片山が立っていた。
手には分厚い今週の少年ジャンプを持ち、読みふけっている。
「学校に漫画の持ち込みっていいのか?」
片山は僕に気づいて視線を漫画から僕へと移す。
「スマホの持ち込みがいいんだから、漫画がだめなわけ無いだろ。今時スマホに電子書籍として漫画入れることも出来るし。まあ教師に見つかったらなんて言われるのかは知らんけどな」
僕は片山の横をすぎて自分の席に座る。
片山はジャンプを閉じて僕の方を見る。
「そこ僕の席なんだけど」
僕の嫌そうな顔を見ても片山はびくともしない。笑っていた。
「ちょっと話したいことがあって。二日前に廊下で楽しげな河井を見かけてな。河井ってあんな表情をするんだなってびっくりしたわ。何か理由とか知ってる?」
「知らない」
「虎にも見せたかったわ。あれは絶対可愛いって思うから」
何だかすごく得意げだった。
まだ数人しか居ない教室で片山の興奮気味な声はよく響いた。
僕は先日図書室で見せた表情のことかなと気にはなったが、興味がない風に装う。
いつ河井が教室に来てもおかしくはないはずなのに片山は堂々としていた。
「教室でこの話はやめないか」
僕は周りを気にして少し怯えるように言うと、
「別に人の悪口を言ってるわけじゃないし、もし本人に訊かれたら、もっと褒め倒せばいい」
片山は心配するな、と笑いながら僕の肩を何度か軽く叩く。
全く説得力がなくて、僕はあんまり安心が出来なかった。
「虎は二日も学校を休んで何をしていたんだ? まさか引きこもっていたわけじゃないだろ?」
「あー。全然違う。僕は今、両親がいなくて二日間ともアルバイトしてたんだ。多分これからも三日に一日くらいしか学校に来られないと思う」
それを聞いても片山はあまり驚いていないようだった。
「そうだったんだな。ってちなみにこの学校ってアルバイトしてよかったっけ?」
今度は逆に片山が問いかける。自分がついた嘘には自信をなくしてはいけない。
「僕の生活費を稼ぐためなんだから、アルバイトがだめなわけないだろ。社会経験が積めるし、将来役に立つスキルを身につけられる。まあ教師に見つかったらどうなるかは分からないけど」
「へー。いろいろ大変なんだな。流石に二日も学校休むと勉強の方がそのうちきつくなるかもだから、分からないとこあったらじゃんじゃん俺に聞いてくれよ」
「普段、授業で寝ているのに何を言っているんだか」
「そういう勉強方法だってある」
「ないよ」
僕のノリツッコミを聞いて、片山は嬉しそうな表情を見せた。
段々と教室に人が増え始め、うるさくなってくる。
視界の隅に河井さんが見えた。
河井さんが教室に入ってきたのをつい意識してしまった。
しかし今の彼女は物静かで壁があるような話しかけづらい方の彼女だった。
午前中の授業に隣を見ると、相変わらず片山は机に突っ伏していた。
これでは学校に来ている意味があるのかって程に。
今朝、担任から進路指導係としての初仕事を昼休みの間にするよう伝えられた。
少し早く弁当をかけ込んでいたが、同じ係の河井さんはすでに食べ終わっていた。
読書をするのかと思いきや、何度かこちらをちらりと見てくる。
早くしてほしいと態度で示しているのかもしれない。
そんな圧を感じて僕は急がずにはいられない。
だからとにかく急ぐ。
そんな僕の様子を見て河井さんは急がなくていいよと優しく言ってくれたが、僕は急いで弁当をかけこんだ。
僕が食べ終わると、河井さんは徐に立ち上がるが、そわそわした感じを隠せていない。
どうやらまだ僕とどう接すればいいのか困惑しているようだった。
僕は気まずい時間を過ごしたくなかったし、早く仕事を終わらせたかったので、先だって指示された空き教室の方へ向かうため、教室を出る。
河井さんはその後ろから急いで僕の隣まで来ると、なんで先行くの、と少し怒ったように言った。
早く行きたかったからかな、と曖昧な返事をしていると、河井さんから冷ややかな視線を向けられる。
それからは特に喋ることもなく、人の少ない廊下を響く二人の規則正しい足音だけが聞こえてくる。
「しゃち君、学校を休んでいた二日間は何してたの?」
流石に沈黙に耐えられなくなったのか、河井さんが口を開いた。