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「“歴史渡り”っていうのは僕一人しかいないのか?」
「……。一体何が言いたいのですか? 阿久津くんだって……」
「僕以外の誰かも今、“歴史渡り”をやっている人がいるんじゃないのか?」
ヤマモトさんの言葉を遮り、僕は導き出した仮説を伝える。
「…………………………」
電話口からは、何の言葉も聞こえてこなくなった。
「どうしてそう思ったのですか?」
それからしばらくしてヤマモトさんが口を開く。
ヤマモトさんは僕の質問に応えず、僕に質問をひたすら投げかける。
「それは今日、アクツじゃない別の“歴史渡り”の人の話を聞いたからだ。前から不思議に思ってたんだ。“歴史渡り”が毎回二日も睡眠に費やす体質のせいで、もし大事な出来事を寝逃したらどうするんだってね。つまりは、“歴史渡り”が僕一人だけじゃないんだろ?」
「気づいちゃいましたか。オンリーワンじゃなくて失望させちゃいましたか。その通りですよ。それも三人も」
ヤマモトさんは観念したように教えてくれた。
思った通りだった。
僕は自分の孤独を脱せられる道を見つけたかもしれないと、内心飛び上がるくらい喜ぶ。
僕と同じような苦労を抱えている人が他にもいる。
普通の人とは生きる速度が違っても、同じ速度で生きる人たちとは分かり合える。同じ時間を生きていける。
それだけで心強い。
「とはいえ情報や思想が混在しないようお互いに干渉しない決まりなので、私は他の方とはあったことがありません。なのでこれ以上の情報は持っていませんよ」
「聞きたかったのはそれだけだから。じゃあな」
「急ですね。私は…………」
僕はヤマモトからの返答を待たずに通話を切った。
これからどうしようか。
他の“歴史渡り”についての情報はないが、会いに行きたい。
会って話したいことはたくさんある。
僕の苦悩をわかり合えるかもしれない。
僕の孤独を共に紛らわせられる唯一の存在を見つけた。
彼らなら僕がどうすれば良いのか知っているかもしれない。
そう思うと気持ちが自然と軽くなる。
僕は一人ではない。
その事実が特別な人間でありたいという思いから、いつしか本心は普通を望んでいるのだと気づかされる。
先生が叔母さんと話したのは30年前とは言え、3倍に伸びた寿命があれば先生ならば叔母さんの居場所をどうにか知ることが出来るだろう。
それにだ。
僕は自分が幸せになる方法が分かってしまった。
望んでいた未来を実現させる方法を見つけてしまった。
想像して、実感してしまった。
【もし他の“歴史渡り”が、河井に“歴史渡り”そのものをどうにか譲渡してもらえるのなら】
僕の将来はあのような夢に見た悲惨なものにはなっていないだろう。
言い方こそ悪いが、それこそ二人だけの世界の完成だ。
周りのことを気にせず、僕たちは僕たちの時間で過ごしていける。
僕の悩みは解決の糸口が見えた。
これが唯一、僕と河井が幸せになれる可能性だった。
今、生きていて嬉しいとさえ感じられた。
なんだか久しぶりに心の底から喜べている。
誰かと一緒にいられるかもしれないことにこんなにも喜べるとは。
普段から一人でいるから、一人には慣れているし、別に一人でいいと思っていた。
でもどうやら違っていたようだった。
脚が軽い。
心が軽い。
色づき始めて視界はなぜかぐちゃりと歪んでいる。
僕は目に手をやると、透明な液体に気づく。
なぜか僕は泣いていた。嬉し泣きだった。
25年以上も前から抱えていた悩みや不安が、解決するのだ。
身体は自分の本当の気持ちに従順なくらいに素直だった。
僕はもう一度樅山先生に会い、叔母さんの居場所を教えてもらうために、来た道を引き返して学校に向かう。
道路では車と容赦ない速度ですれ違う。
行く先は何の不安要素も材料もなく、僕はただ信じて前へひたすらに進み続ける。
後ろを振り返る必要はないのだ。
過去は所詮過去。
僕の未来に影響はさせない。
めざましい速度で進歩を遂げる世界で、僕たちのペースで歩んでいける。
僕たちのゆっくりとした速度で、僕と河井の二人の目線で生きていきたい。
初めは二日間寝て過ごすという生活に困惑するだろう。
寿命が長くなったことに驚くかもしれない。
知らず知らずのうちに月日が経ち、季節が変わりが早くなる。
一年が実質四ヶ月になるのだから。
でも二人でいれば、同じ時間を共有できれば、怖くはない。
むしろ軽い時間旅行が出来てお得なくらい。僕たちだけしか経験できない特別な感覚。
そんな未来を想像してしまうと、いてもたってもいられなくなった。
僕が校門をくぐろうとしたとき、僕のスマホに着信が入った。
ヤマモトさんからだった。
僕の高揚した気持ちを邪魔されたみたいで、一瞬電話に出るのをやめようかと思った。
でも、何も怖いものはない。
そう感じられた僕は、通話ボタンを押した。
「急に切らないでくださいよ。詳しく言い忘れたことというか。古久根君が勘違いしているだろう重要なことが恐らくあります。…………古久根君は今、他の“歴史渡り”に会いに行こうとしていませんか?」
「ああ、そのつもりだけど」
「先程も言いましたが、それは不可能です」
それを聞いて全身の血流が固まる。思考が止まる。
うるさいはずの車の音が途端に聞こえなくなった。




