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インターホンを押すと、15秒程して河井さんのものすごく驚いたような返事が聞こえてくる。

先生から預かっているプリントの入った袋を画面越しに見せると、僕の要件は察した感じで、今行くね、とインターホンは切られ、すぐさま玄関から河井さんが顔を出す。


驚いた顔のまま僕を上から下まで一通り見てから、安堵の表情を見せる。

学校を休んでいる割には普通に元気そうだった。


「これ休んでいたときのプリントとか授業のノートね」 


僕はノートを手渡した。


「ありがと。この授業のノート、しゃち君が写してくれたの?」


「授業に出れた日のやつはね。あとは近くに人に聞いたりした。河井そこまで頭良い方じゃないから流石に休みすぎるのは良くないぞ」 


僕は笑ってそう言った。


「うん、そうだね。しゃち君と差ができちゃいそう」


「まあ、僕もぼちぼちだけどね。少し話がしたいんだけど、今から時間ある?」


「いいよ。どうぞ上がって上がって」 


僕は玄関口のつもりだったが言われるがまま従う。


玄関にはたくさんの靴が収納できそうなくらい大きな靴箱が二台もあるが、実際玄関先に出ているのは河井さんが履いている靴一足だけ。

なんだか寂しげな玄関だった。


そのまま河井さんの後ろを追って階段を上がり、案内されるままに彼女の部屋に入った。

少し躊躇したのは心の中だけにしておいた。

机とベットと本棚とたんす。本棚にはたくさんの文庫本が詰まっていた。

フレグランスの良い香りが仄かにするシンプルな部屋だった。


河井さんは僕に、置いてあるクッションを渡すとちょっと待っていてと言い残し、部屋から出て行く。

少ししてオレンジジュースの入ったコップとポテチを持って戻ってくる。

河井さんはたんすの前を死守するように座り、僕にもクッションを置いて座るように促した。


「最近は何やってるの?」


「たまに勉強してたまにぼーっとして、たまに本読んでるって感じかな。しゃち君あれだよね、私が最近学校を休んでる理由が聞きたいんだよね。まさか私の家にしゃち君が直接来るなんてびっくりした」


「そうだね。元気してるかなーって思ってたから。プリント渡すついでに聞こうかなって、先生から住所教えてもらってきた」 


僕はいつもの調子で言う。


「なるほどね。私の家を訪ねるなんてものすごく驚いたからね。……しゃち君ってさ、自分が考えていることに反して体が重いとか、思うように動かないなんていう経験ある?」


「これといってないな」 


河井さんの困ったように笑って言った言葉に単調な返事をする。


「やっぱりそうだよね。やっぱり私、変わってるの。今日こそは学校行こうと思って意気込んでいたんだけど、朝起きたら体が重くて。とてもじゃないけどそんな気分じゃない。なんてことがここ数日続いてる」 


河井さんに笑みは消え、少し神妙な面持ちをしていた。


「前までは普通に学校に来れているように見えたけど、最近何かあったの? 脚本と何か関係ある?」


「質問が多いよ。……けど別にそういうわけじゃないんだと思う。原因は多分去年のこの時期のこと。私的にはもう克服した気だったんだけどな」



雲の切れ間から姿を見せた陽光はすでに傾き始めており、直に部屋に入り込む。

部屋が一瞬にして薄い赤色に染まった。


河井さんがカーテンでも閉めようかと聞く。

僕はこのままで大丈夫と答えた。

窓の外から下校途中の小学生の楽しげな声が聞こえてくる。


「原因って去年の陸上の大会のこと?」


「やっぱりしゃち君もそのことを知ってるんだ。流石に全校生徒に集会で激励までしてくれたことだからね」 


河井さんはどこか照れくさそうで、しかし諦めがついたような顔をしていた。


「いや、知らない」 


僕はきっぱりと言った。


河井さんは困惑していた。

口を開きかけたが言葉が出ないようですぐに閉じた。


僕の次の言葉を待っているようだった。


「岩屋さんに軽く聞いただけ。僕、転校生だからこの学校に来たのは四月からだし」


「ええーーっ」 


と驚嘆の声を上げる。


「それは知らなかったな。じゃあ、去年のことも含めて私が悩んでいることを話した方が良い? そのためにここに来たんだよね?」


「無理にとは言わないけど、そうしてくれるとありがたいな」


河井さんは少し考え込むような動作をしてそれから、いいよと言った。


人に自分の話をするのは久しぶりだし、そもそもどこから話せばいいんだろう、と言うので、ゆっくり好きなところから始めていいよ、と応える。

長くなっても知らないからね、と少し笑って彼女は話し始めた。

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