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魔獣戦記  作者: Meg
9/10

第三話/01

改めて世界観のおさらい。

「……」

「鵠、疲れたかい?」

「ううん、それは平気なんだけれど……」


 クルスの医務室で粗方の手当てを受けた後、鵠たちが通されたのはあの日と同じ創石の部屋──治安維持局長室だった。

 座り心地の良い長椅子に腰かけ、天恵が「せめても」と淹れた良い香りのお茶に一息付きながら、それでも鵠の表情が強張り続けている理由。

 それは先の戦いの疲弊や、窮地を脱したからこそ再び襲い掛かって来た疑問や混乱も、勿論一因として存在している。

 しかしそれ以上に──装甲を解いて普通の衣服へと変わった──アスラが仏頂面で、何時までも鵠を見下ろしているせいか。

 鵠の正面に座すよるの隣にいる明貴にも、左手の薬指にムーン・チャイルドの所有者の証たる指輪をする経緯を確かめておきたいからか。

 そんな所有者からは一定の距離を保ったまま、壁にもたれ掛りぴくりとも動かない翡翠色の装甲の第四号機が気になって仕方ないせいか。

 ──とにかく、鵠の眉間に皺が寄る要因は様々であった。


「悪いな鵠、あいつの名前は『フェイト』。風の力を司る弓使い……ってこと以外は俺も良く分かってねーんだ」

「明貴が謝ることじゃ……私たち警戒されてるのかな……?」

「いいや、あいつは寝ているだけだ」

「……寝?」

「フェイトは極度の面倒臭がりなんだよ」


 やはり兄弟機の方が昨日今日の付き合いの明貴よりも詳しいのだろう。

 しかし、ラフな姿に変わったイデアスとアスラの口から出てきた言葉で鵠は更に首を傾げてしまった。


「〝試運転〟の時ですら戦闘訓練以外は寝てばっかりだったもんね、あいつ」

「戦闘衣を解かないのも面倒臭がっているだけだ。故に気に留める事はない」


 等と言われても、あんなにも存在感があるものをどう気にするなと言うのか。


「それでだね……僕たちは何処から何処まで鵠に説明すべきだと思う?土御門くん」

「……こうなったら〝最初から最後〟までだろ」

「だよな」


 鵠とは違い、物心付いた瞬間から自分自身が何者であるかを知っている者同士で目配せし合った明貴とよるは、そうして鵠を真っ直ぐに見据える。

 見慣れている筈なのに──黒曜石の瞳と、桔梗色の眼に見据えられた鵠は、何故か知らない人と対面しているかの様な錯覚を懐き肩を強張らせた。


「鵠、君はこの星の成り立ちについては知っているかい?」

「授業で習った程度、には」


 ──遡ること四十六億年前。

 まだ表面がマグマに覆われた灼熱の星だった地球では、永きに渡り火山の爆発が繰り返されていた。

 そんな原始地球に火星と同等の巨大な天体が衝突し、その衝撃によってこの星唯一の衛星が生まれたと云うのが、今日では月の誕生について有力な説とされている。

〝ジャイアント・インパクト〟と呼ばれる事件の裏側で、その天体の中に存在した〝唯一の生命体〟がこの星に根付いた事を、魔術と縁の無い者は知る由もなかった。


「〝リリス〟──僕たちはそう呼んでいる」

「リリス……?」


 鵠の耳には聞き覚えの無いその名は、聖書にも記された〝始まりの女〟の名の方が有名だろう。

〝始まりの男〟の伴侶として創造されながら男に仕える事を拒み、楽園を去りて多くの魔物を生み出した妖女。

 アッカドやメソポタミアの女神に原型を持つと研究されているが、神話に語られるその魔物は実在するのだと──そう、よると明貴は語る。


「信じられない話かもしれないけど、そのリリスこそが僕たちの祖先だ」

「……は?」

「魔力を持つ人間と持たない人間、魔獣と獣──そこを別つのは、リリスにルーツを持つか否かなんだよ」


 摂氏四千度にもなる地球で、降り注ぐ微惑星や氷惑星に苛まれながらも生き続けたリリス。

 やがて三億年経った頃、隕石の衝突が減った事によって地球の温度が急激に下がり、地表の近くに出来た雲が大雨を降らせた。

 雨は更に地表を冷やし、大気中の水蒸気が冷えることによって雨は再び降り始める。

 この繰り返しによって生まれた原初の海の中で、リリスが最初に産み落とした生命の〝種〟は原子生命体と共にこの地球の海で育まれていったのだ。


「ち、ちょっと待って」

「……」

「私たちの大元は、宇宙人だって言うの?」

「そうだ」


 鵠の理解を待つ事は許されぬまま、よると明貴の話は続いていく。


「リリスはその体内に膨大な生命原種を持っていたと言われていてね、地球の環境が落ち着き始めた頃には自分の力だけで様々な生物を誕生させていった──リリスの力を受け継ぎ、特異な力を持った生き物が、僕らが戦わなければならない魔獣と云う存在だよ」

「俺たちが戦った土蜘蛛だってそうだ。御伽噺にある様な別の世界の怪物なんかじゃない、この星で生まれて進化した生き物だ」

「……私、私たちと、伊織ちゃんたちは……」

「伊織は俺たちとは違う人間だ」

「──」


 ──勘付いてこそいたものの、あっさりと飲み込めるほど軽くはない真実は鵠の鳩尾を締め付ける様なショックを齎した。


「リリスを祖先に持たない人間を僕たちは新人類(ノア)と呼んでいる」

「ノア……?」

「僕ら旧人類(リリン)の文明が絶たれた後に繁栄した人類──鵠の言うところの〝普通の人間〟と言うやつだね」

「見た目こそほぼ同類だがノアは俺たちと違って魔力を持たない。だからあの土蜘蛛の様な魔獣を知覚できないんだよ」

「……どうして私たち(リリン)は魔力を持つの?」

「魔力と言うのはね、この星と一体となったリリスのエネルギー……〝マナ〟を僕らリリンが独自に変換した力なんだ。僕らや魔獣はリリスを祖先に持つからこそ行使できる」

「それも昨今では減少の一途を辿っているけどな。現代じゃ魔術を行使できるリリンもほんの一握りになってきている」

「──故にこそ、君たちには魔獣より〝魔力の回収〟を命じたのだ」


 不意に響いた声に顔を上げれば、鵠とは二度目の邂逅となる月舘創石が暗い夜の帳の様な瞳で鵠たちを見据えていた。

 ──ムーン・チャイルドの所有者となったからには、彼の部下になったと思えば良いのだろうか?

 そう慮って立ち上がろうとした鵠を、創石の手袋に覆われた手が制する。


「私のことは気にせずに、話を続けなさい。よる」

「はい──僕らと魔獣のルーツが同じ太古の生き物だと言うところまでは説明できたが、重要なのは此処からだ」

「……」

「局長が言った通り、俺たちは魔獣をただ殺るだけじゃなく魔獣が貯め込んだ魔力を回収しなきゃならない」

「回収?どうやって?」

「イデアス、〝レーヴァテイン〟を」


 よるに促され召喚されたイデアスの剣は、重々しい音を立てて鵠たちを隔てる机の上に置かれた。


「ムーン・チャイルドの武器は魔獣の心臓に貯蔵された魔力を吸収できるんだ」

「心臓……?」

「魔力はね、魔獣もリリンも関係なく〝心臓〟に貯め込まれるんだよ。心臓は言ってしまえば純然な魔力の塊なんだ」


 よるが白い指先を己の胸元へ伝わせた瞬間、鵠の脳裏へと心臓を食い散らかす土蜘蛛の悍ましい姿がフラッシュバックする。

 そして、物心付いた頃から幾度も繰り返し見続けた悪夢も、同時に蘇ってしまった。

 ──明貴の心臓を一心不乱に貪り続ける、化物になってしまった己の夢を。


「魔力を多く取り込めば取り込む程に魔獣たちは力を得られる。強くなれるということは、生存競争でより優位に立ちその頂点を目指せる──リリンの文明が滅び、今日まで衰退し続けた理由はそこにあるのだ」


 場の空気を張り詰めさせる創石の声に息を呑んだ鵠は、その黒曜石の様な瞳から視線を逸らすことができなかった。


「我々の先祖は、リリスを殺したのだよ」

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