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魔獣戦記  作者: Meg
8/10

第二話/02


「!?」


 赤黒い光を遮る影に全員が振り返った時、音も無く降りて来るその巨体を眼にした時、鵠は息を呑むことすら出来なかった。

 臀部から伸びる糸──と呼べるのかさえも分からない太い銀色の縄を伸ばし、地上へと脚を降ろしただけの轟音で血に塗れた人骨の山が崩れる。

 イデアス達が屠った巨大な土蜘蛛より何回りも巨大で、鬼の面貌よりも更に恐ろしい貌を歪ませて、〝この異界の主〟は禍々しい牙を剥き出した。


「ケェエエエエエエエエエエエッ!!」


 聞いたこともない悍ましく甲高い叫び声は、その両眼から流す血涙は、我が子たちを殺された母の怨みだとでも云うのだろうか。


「よる、〝まだ行けるか〟?」

「大丈夫だ……手加減するなよイデアス」

「木戸、作戦変更だ。僕とお前で護衛に当たる」

「……了解です」

「甘露寺、死ぬなよ」

「っ了解です」


 誰もが最後の戦いを前にお互いを鼓舞する中、しかし、アスラから鵠へと掛けられた言葉は彼が司る力の様に冷え切ったものだった。


「鵠、死なせちゃったらごめんね」

「──は?」


 その真意を問うよりも前に、イデアスに次いで母蜘蛛へと飛び掛かったアスラに鵠の声は届かない。

 炎を纏った剣が、水を纏った刃が、その巨大な背を切り裂く──

 しかし、背中から微かに血を吹き上げただけの蜘蛛はその巨体からは考えられない程の速さでイデアスとアスラを追い始めた。


「……やはりか」

「硬いなこいつ!?」

(身体が大き過ぎるせいで致命傷を負わせられないんだ……!)


 鵠の見立て通り、その巨大すぎる身体の内側で脈打つ心臓にはイデアスの剣もアスラの戦輪も届かないのだ。

 ならばと首を狙う二機だが、留まることのない母蜘蛛の追撃は首どころか無防備な背中さえ狙う隙を与えようとしない。

 時折入る一撃すら母蜘蛛にとってはかすり傷同然で、突進や毒液と云った猛攻をかわしながら急所を狙うが紙一重で届かないのだ。


 鵠たち人間に出来ることと言えば、ムーン・チャイルドと規格外の怪物の戦いの余派からその身を守ることだけ。


「っ──!」

(よる……?)


 もう一つ気掛かりでならないのは、イデアスの攻撃の激しさが増せば増す程によるの顔色が悪くなり、その美貌が苦悶に歪んで行くこと。

 もしもこの場で、よると戦力を失ったとしよう。

 あり得ないとは言い切れないが──もしもまだあの母蜘蛛が産んだ卵のうが何処かに潜んでいたとして、新たに仔蜘蛛たちが産まれようものなら今度こそ自分たちはおしまいだ。

 最悪の想定ばかり浮かび上がる鵠の脳は「一刻も早く母蜘蛛を倒せ」と警鐘を鳴らすが、ムーン・チャイルドですら梃子摺る化け物相手に、この矮小な身で何が出来ようか。


(せめて動きを封じられたら──動き……?)


 その瞬間、鵠の眼が捉えたのは暴れ回る母蜘蛛の胸から伸びる、どうやってその巨体を支えているのか不思議にすら思える八本の細い脚だった。


「っアスラ!脚を切り落として!」

「──!」


 懸命に張り上げた鵠の声は(くう)を舞うアスラへ届く。

 母蜘蛛の突進から間一髪で逃れたアスラはその身体を懐へと滑り込ませ、地を奔り胸部から伸びる脚の最後尾を目指す。

 そこは母蜘蛛の死角──身体を反転させる隙を与えず、まるで龍が如き一刀によってその身体と右脚を斬り放したのだ。

 身体のバランスを崩し、よろめいた母蜘蛛のその一瞬を見逃がさないイデアスの追撃が左の前足を斬り落とす。

 やはり通常の虫とは違い、あんな巨体では脚を二本失ってしまえばその身体を支えられないらしい。

 轟音と共に崩れ落ちた母蜘蛛は態勢を立て直さんと藻掻くも、その一瞬の隙こそイデアスとアスラに与えられた最高の好機であった。


「合わせろアスラ!」

「オッケー!」


 イデアスの剣が燃え盛り、アスラの戦輪が激流を纏う。

 ──鵠の左手の薬指が、指輪が、急激な熱を帯びる。


一刀・烈炎(いっとう れつえん)──『火炎車』!」

一斬・水龍(いちざん すいりゅう)──『波紋斬り』!」


 全身に炎が纏いながら身体を激しく回転させるイデアスの剣が、唸る龍が如き水流を放つアスラの戦輪が、〝ある一点〟を同時に切り裂く。

 紅蒼の光に貫かれ、一歩、また一歩とよろめく母蜘蛛の、その首が音を立てて落ちると全身が地に倒れ伏した。


「──」


 その首の付け根から吹き出す血液は洪水が如く鵠たちへと押し寄せる──

 けれど、それよりも先に力を失った異界は激しいゆらめきと共に崩壊し、鵠たちの視界は元の地下線路へと移り変わっていたのだった。


「あーっ!親玉の〝心臓〟の回収できなかったんだけど!?」

「今回ばかりは仕方あるまい。あの蜘蛛共で釣りが来る程度に魔力は回収できた筈だ」

「甘露寺、無事か?」

「っはい。血清は打ちましたけど……」

「怪我の方が酷い……直ぐにドクトルに診せなければ──」


 ──戦いが終わった。

 ようやくその実感を得た鵠は、けれど未だ手放すことのできない草薙剣を支えにしながら、その場にずるずると膝から崩れ落ちて行く。

 そして、無意識に両眼からぼろぼろと零れ落ちる雫を拭うこともないまま、ただ皆の姿を呆然と見つめるばかり。

 そんな鵠の様子に一早く気が付いたよるは──鵠よりも疲弊の色が濃いにも関わらず──駆け寄り、その背をそっと優しく撫でる。


「鵠、大丈夫か?」

「──よかった」

「?」

「誰も、死なずに済んでよかったぁ」


 誰もが無事とはいかなかったかもしれない。

 けれど、誰もが欠けることなく現実の世界に戻って来ることができた。

 それが何よりも嬉しくて、安堵に抜けてしまった力を取り戻すことが出来なくとも、鵠はよるを見上げて、泣いて笑う。


「──ああ、鵠のお陰で甘露寺さんも無事だ」

「……」

「ありがとう、鵠」


 そんな仲間を、本当ならば誰よりも戦いから遠ざけていなければならなかった少女の肩を、よるは力強く抱き寄せる。

 そしてよるのその脳裏には、きっと今もこの都心で人知れず戦っているであろう〝もう一人の仲間〟の、苦々しくも力強い相貌が浮かんでいた。


 ──場所は新宿、歌舞伎町の中心に聳えるビルの屋上。

 鵠たちからは遠く、下界では映画や宿泊を目当てに続々と屋内へ向かう人間たちを見下ろす暇も無く、その少年は街中に放った〝式神〟に意識を集中させていた。

 式神は遠隔で主人に〝視覚〟と言う情報を伝達するが、その数が多ければ多くなる程に人間の脳では耐えられず情報量に圧死してしまう。

 にも関わらず、この魔都に放った何百と言う式神を意のままに操り、その情報を処理できるのは、一重に彼が──土御門明貴が、物心ついた頃より修練を重ねてきた〝次期陰陽頭〟であるが故。


「六時の方向、ビルの隙間」

「……」


 そしてそんな彼の傍らに佇む、翡翠色の装甲に外套をはためかせるムーン・チャイルドは物言う事も無く矢を撃ち放った。

 兄弟機たちと同じ黒き弓に装甲と同じ色の幾何学模様が走る武器を、主が命ずるまま沈黙を保ったまま得物を仕留めて行くだけ。

 虚空より現れる浅緑色の矢を、どれ程に遠く離れていようとも必ず土蜘蛛の腹部の背──心臓を射抜く。

 ──明貴とて、常人から見れば自身が如何に(ことわり)を逸した力を持つ者であるかと云う自覚はある。

 しかし、いざ手にした兵器の性能をこうも見せつけられれば──今まで行使してきたどんな式神をも上回る使い魔を得てしまったのだと、実感と共にその責務が重く伸し掛かるのだ。


(ったく、難儀な立場だよな……俺も〝お前〟も……)


 明貴の脳裏に浮かぶ、逃れ得ぬ運命に惑い打ちのめされる幼馴染の顔。

 そんな明貴を現実に引き戻す様に、式神は次から次へと土蜘蛛の情報を伝達する。


「……九時の方向、線路内」


 そしてただ主人が命ずるまま、ムーン・チャイルド第四号機が放つ矢は夜の闇を疾走し、魔物を駆り尽くすのだった。

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