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魔獣戦記  作者: Meg
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第一話/02

 ──曰く、古代ギリシャの呪術にルーツを持つ甘露寺が得意とする魔術の一つは〝幻術〟だと言う。

 そして北欧の魔女たる母から受け継いだルーン魔術を得意とする木戸が、甘露寺の魔力を強化させることによってより強固な幻術になる。

 行使する魔術の形態も、それらが生まれ育まれた土地も、何もかもが異なる魔術を使う二人が如何なる任務であろうと二人一緒に赴くのは〝二人揃ってやっと一人の魔術師たり得る”が故らしい。


「よるくんや宮簀媛……じゃなかった。鵠ちゃん程の魔力があれば、人間一人操るなんて造作もないことなんですけどね」

「そうなんですか……?」


 などと言われても、魔術で駅員たちを操り、一行を警察と思い込ませた上で駅を封鎖させた甘露寺たちの方がよっぽど凄いとしか思えない鵠は、未だ自身の潜在能力が分からないまま曖昧に相槌を打つばかり。

 今、鵠たちが歩いているのは点々と灯る明かりだけが頼りの地下道──新宿三丁目駅は副都心線の地下線路だ。

 普通に生きていれば足を踏み入れることもなかったであろう静寂に反響する足音と話声が、鵠の緊張を煽り身体を強張らせる。


「ねぇよる、一体何処まで行くの?」

「新宿と北参道駅との間らしいから、もうすぐ合流できる筈だよ」


 土蜘蛛たちが根城にしている場所が副都心線の線路内など、どうして想像できようか。

 だが報道されていた事件が発覚した池袋、原宿、小竹向原、要町、そして新宿は全て副都心線で繋がれていると考えれば、点と線が繋がる。

 何より東京メトロの駅員として働くリリンの失踪が相次いでいたため、元々副都心線沿いに巣があるのではないかと捜査は行われていたようだ。

 だがアスラの言っていた通り、土蜘蛛は自身の縄張りを異界化させ隔離することを得意とする魔獣。

 よる曰く〝精鋭揃い〟の治安維持局ですら、最初の事件が起こってから巣の場所を特定するのに一ヵ月も要してしまったと言う。

 その間に喰われた、或は攫われた人間の末路を思うと──この先に待ち受けているであろう凄惨な光景を思い描くだけで、鵠は嘔吐きそうになる程だった。


「鵠、無理はしない方が良い」

「よる?」

「なんだったら君とアスラは地上にいる土蜘蛛狩りの方へ──」

「ううん、あんな怪物の巣に行くなら戦力は多いに越したことはないでしょ?」

「……」

「私は役立たずだけど、アスラは必要不可欠なんだから──」

「鵠、〝それ〟だけは言っては駄目だ」


 よるの声が、強い眼差しが、自分を卑下しようとした鵠を諫めていた。


「土御門くんが言っていた通り、今まで此方とは隔離されていた鵠が巻き込まれて良い道理なんてなかった。なのに君はアスラの所有者になってくれたじゃないか」

「それは──“あの状況”だとそれ以外に選択肢が無かったからで……」


 自分はただ生きるためにアスラを呼び起こした。

 誰かを護るためだとか、この国に忍び寄る魔の力を退けるだとか、そんな大儀は何一つとして持ち合わせていない。

 そんな自分に、本当にこの蒼き指輪は相応しいのか。

 何度も月舘創石の言葉を反芻したが、どうして自分がアスラの所有者に抜擢されたのか、自分はどう云う存在なのか、何故魔獣は人間を襲うのか、何も分からないまま事が進んでいく中で、本当に自分などがアスラと云う武器を所有していて許されるのか。

 そんな葛藤を懐いていない訳ではない。

 だが今はこうして、自分の意思で此処にいる以上、覚悟を決めて突き進むしかないのだ。

 さもなければ──間違いなく死ぬのだから。


「あ、隊長いた」


 甘露寺が指差す先に佇む男は涼し気な眼でこちらを視認したかと思えば、特に声掛けをする事もなく直ぐにコンクリートの壁へと視線を戻した。


「……なんだ、隊長って〝結摩〟のことだったんだ」

「アスラ、あの人のこと知ってるの?」

「俺の最初の持ち主」

「えっ」


 仮面の下に浮かべられたアスラの表情までは分からないが、その声色から好意的な感情など一匙も持ち合わせていないことだけは察することができた。


「……鵠ちゃん、隊長って誤解されやすい人だけど気にしないでね」

「?」

「特に敵を目前としていますから、キツい物言いがあったとしても受け流してあげてください」


 そんな風に部下にフォローされる件の──鵠からすれば『アスラの元所有者』と云う点の方が気になって仕方がない──人は、一見この場には似付かわしからぬ、まるで俳優やエリートサラリーマンの様な風貌だった。

 スーツ姿というだけならば木戸や甘露寺と変わらないが、彼女たちよりも明らかに上等且つ怠らない手入れを感じさせる服装。

 髪型も眉もくっきりと整えられており、イデアスやアスラ程とは行かなくとも高く整えられた体躯に細面の整った面持ち。

 女性が思い描く〝イケメン〟を体現したかの様な男は、特徴的な形の刀──〝ククリ〟をその両手に持っていなければ、木戸たちの上司とは到底信じられなかっただろう。


「結界壁で最も脆いのが此処だ。突破できないかとも試みたが、僕の魔力でも無理だった」

「隊長でも無理となると、やはりムーン・チャイルドでなければ不可能でしょうね」

「九条隊長、こちらが第二号機の新しい所有者──宮簀鵠ちゃんです」

「は、はじめまして」


 冷ややかな眼に見下ろされる鵠の声が緊張に震える。


「『九条 結摩(くじょう ゆいま)』と申します。お会い出来て光栄ですよ、宮簀媛」


 思いの外温和な挨拶に肩の力が抜けようとしたのも束の間──鵠の背後に佇む蒼い兵器へと向けられた嘲りの視線は一瞬にして身体を強張らせる。


「局長も酷いお人だ。貴女の様な方にこんな〝欠陥品〟を押し付けるなんて」


 ──例え同じ死線を潜り抜けてもこの人だけは好きになれない。

 そう直感させるには十分過ぎるほどに、アスラを見据える九条の視線も物言いも鵠の神経を逆撫でしていた。


「俺を使いこなせなかったお前が弱いだけじゃないか。ねぇ鵠、こいつ殺しても良いよね?」

「よせアスラ、次こそ『倉庫』で埃を被りたいのか」

「イデアスに止められる筋合いなんか無いんだけど」

「アスラ、やめて」

「……」


 その仮面の下でどれ程に憤懣やる方ないと言った相貌を浮かべているのか、想像が付く程にアスラとの付き合いが長い訳でもない。

 ──だが、九条の言葉をそのまま飲み込めるほどの慎ましい性格もまた、鵠は持ち合わせていなかった。


「何があったかは知りませんけど、今アスラは私のものです。そんなアスラを〝欠陥品〟なんて呼ぶのは、アスラを造った月舘さんにも私に対しても失礼過ぎるんじゃないですか?」

「──!」

「……確かに、今のは全面的に僕に非がありました。お許しください」


 そう言って(こうべ)を垂れる九条は、しかし、その視線をアスラへ向けることさえしない。

 その態度が殊更に腹立たしく思えど、パン!と大きく鳴り響いた甘露寺の手の音が場の空気と鵠の心持ちを一変させた。


「挨拶は済んだところで作戦会議しましょう!隊長、結界は一号機と二号機で突破できそうなんですか?」

「……ああ。二機同時に攻撃すれば裂け目ができるだろうが、瞬間に我々も飲み込まれるだろう。木戸は僕と一緒に後衛に当たり、甘露寺はよるくんと宮簀媛の護衛を──」


 ようやく九条の視線から逃れた鵠の背中を撫でたのはよるの白い手と、そしてイデアスが仮面の下の唇から溢した小さな笑い声。

 けれどそれは、九条がアスラへと向けていた嘲笑とは些か以上に異なる──何処か楽しげな笑い声だった。


「存外豪胆な側面も持ち合わせているではないか、宮簀鵠」

「沸点が低いのは重々承知してるよ……」

「いや、褒めているのだ」

「?」

「〝今度こそ〟良き所有者に恵まれたのではないか?アスラ」

「……」


 やはり仮面の下に隠された、物言わないアスラが如何なる相貌を浮かべているのか推し量ることはできない。

 ──先に挑発する様なことを言ったのは九条とは言え、それに乗って士気を乱すような真似をした自分が、作り物とは言え人と同じ意思と心を持つアスラを“もの”呼ばわりした自分が、アスラにとっての良い所有者?

 本心なのか皮肉なのかも分からないイデアスの物言いに困惑する鵠と、自身の武器をフォローする様に、よるは低く優しい声で語りかけた。


「イデアスが人間を褒めるなんて滅多にないことだ。そのまま受け取って大丈夫だよ」

「うん……?」

「──では突入する。よるくん、宮簀媛、お願いします」

「分かりました。イデアス、結界を突破しろ」

「心得た」

「えっと、アスラもお願い」

「はーい」


 如何なる状況であろうとも、ムーン・チャイルドへ命令を下せるのはその所有者に限定されるらしい。

 よるの傍らに控えていたイデアスと、何処か上機嫌な声色になったアスラの手の内にそれぞれ紅色と蒼色のホログラムが輝き、一瞬にして各々の武器へと変貌する。


「〝レーヴァテイン〟、起動」

「〝スダルシャナ〟、起動」


 重々しい音と共にイデアスの黒い剣には紅色の、アスラの戦輪には蒼色の電子回路の様な光が宿った瞬間、肌がピリ付く程に変貌した空気に鵠は身構えそうになる。

 これが、魔力と云う力の波導なのだろうか?

 炎を纏った剣が、水を纏った刃が、視認できない結界を切り裂かんと振り下ろされた瞬間、閃光弾が如き光がその場の全員の視界を覆う。

 ──そうして全身を覆った異界の空気に、有象無象の気配に顔を上げた鵠が見上げた光景は、まさしく万人が思い描く〝地獄〟そのものだった。


「なに、あれ」


 幾重にも、幾重にも張られた蜘蛛の巣の向こう側に、この領域を禍々しく照らす朱い太陽が渦巻いている。

 白い岩場からぞろぞろと姿を見せる土蜘蛛の大軍は最早数えることすら困難な程で、蠢く蜘蛛の脚が蹴り飛ばした〝それ〟が鵠の足下に転がり落ちた瞬間、山の様に積み上げられたものが岩や石などではないことを悟った。


 髑髏──鵠の足下に転がる、人間の頭蓋骨。

 岩にしてはやけに白いと思っていたものは全て、人間の、骨だ。


「これは……想像以上ですね」

「だがプランは変えんぞ。二人とも、気を引き締めろ」

「はい」

「鵠、絶対に僕と甘露寺さんから離れるな」


 骨に気を取られていたのは鵠ばかり。

 それ以外の四人と二機が見据えるのは人骨の山の頂上──土蜘蛛たちと分厚い巣の向こう側に佇む巨大な影の数々。


「キ──キキキッキキキキキャキャキャキャキャキャケケケケケケケケケケケケケ!!」


 鵠や明貴を襲った個体と同等か、それ以上に巨大な兄弟蜘蛛たちは、鬼よりも更に恐ろしい面を邪悪に歪ませ、耳を劈く様な笑い声を己がテリトリーに轟かせたのだった。

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